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by thessalonike4
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大津島の夕陽と夢の中の錦帯橋 - 本村洋における偶然と必然
b0087409_133717100.jpg本村洋の生まれは堺市である。そして小倉にある北九州工業高専に進学し、そこから広島大学工学部に編入、新日本製鉄に就職した。99年の事件は新婚生活を送っていた新日鉄の社宅アパートの中で起きている。堺、北九州、光。この三市はどれも新日鉄と関係が深い。周防灘に面した光市は、戦前にこの地に光海軍工廠が建設されたところから町の沿革が始まっていて、瀬戸内の喉かな半農半漁の村々が海軍工廠の設置と操業で軍都となった。町を「光」と命名したのも海軍らしい。すぐ近くに呉があり、江田島がある。戦後、海軍工廠の跡地に進出したのが八幡製鉄と武田薬品工業で、この二社を柱に光市は周南の工業都市として発展する。妻の弥生さんも実は大阪の出身だった。育った地は門司で、そこから福岡の短大まで通っていた。二人が出会って愛を育んだのは小倉である。弥生さんは決して恵まれた家庭に育っておらず、家は母子家庭で、仕事で家にいない母親にかわって六歳下の妹と家族の食事を作っていた。



b0087409_1337325.jpg殺された夕夏ちゃんの名前は、光市の近くにある瀬戸内海の大津島の夏の夕陽が絶景で、その美しさに因んで命名したのだと言う。地図で見ると確かに大津島は光市の西方に位置している。しかし光市の市街や海岸からは大津島は見えない。西隣の下松市から海に向かって半島状に突き出している笠戸島が邪魔するからであり、大津島を望むためには周防灘に船で漕ぎ出すか、あるいは笠戸島よりもさらに西にある大島半島まで足を伸ばさなければならない。本村洋は、恐らく大島半島にある太華山山頂の展望台から西の徳山湾を望んだか、あるいは半島の先端にある宮ノ鼻から真西に大津島を眺望したのだろう。ネットを探すと、粭島から大津島に沈んでゆく写真があった。撮影された季節はわからないが、この絵が本村洋の心を捉えた景観であり、夕夏ちゃんそのものなのだ。この夕陽を弥生さんと二人で見たのである。この場所に夕夏ちゃんを連れてきて、名前の由来を教えてあげることができなくて残念だと言っていた。

b0087409_13374583.jpg6/20の報道ステーションの話ではもう一つの場所が出てきた。岩国の錦帯橋である。光市からは北東方向に20キロの場所になる。本村洋が夢を見た話だった。夕夏ちゃんがちょうど伝い歩きを始めた頃で、錦帯橋の欄干に両手で摑まって、錦川の対岸から本村洋のいる川岸に向かって、弥生さんと一緒に伝い歩きで向かって来る夢だった。錦帯橋も弥生さんと二人の思い出の場所だったのだろう。本村洋の戦いも勝利が見えてきたが、これから広島高裁で差し戻し審が始まって、何が起こるかわからない。この男の戦いがどれだけ過酷なものか読者は想像していただきたい。光市は小さな地方都市である。人口は5万5千人。誰が何をしてもすぐ噂になる。本村洋はこの小さな町で、周囲から監視され続けて生活を送っているのだ。左翼が本村洋の一挙手一投足を見逃さない。もし本村洋が私生活で噂になるような素行をしたら、その情報は忽ちネットに流れ、司法世界の重大ニュースとなり、週刊誌に醜聞記事となって噴出することだろう。

b0087409_1338284.jpgそれは確実に裁判に影響する。本村洋は司法を動かしたが、動かすことができたのは、この七年間、本村洋が禁欲を守り続けたからである。本村洋の私生活に少しでも瑕疵があったなら、本村洋の正義論も刑罰論も何の説得力も持ち得なかっただろう。真に偉大なのはそこだ。本村洋のような何の地位も権力も持たない無名の市民が、司法を政治を世論を動かすためには、その市民は自己の主張の説得力を担保するために、どこまでも清潔な聖人君子の私生活を全うしなくてはならない。本当に立派なのはそこなのだ。河野義行も、須藤光男も。三十歳の本村洋は、これからさらに数年間、場合によったら七年、禁欲の無菌生活を耐えなくてはいけない。報道ステーションで本村洋は「偶然と必然」の話をした。こういう悲劇に遭遇したからいろいろな人に出会えて人生を導いてもらえたのだと感慨を述べた。普通の人間が言えばただの一般論だが、本村洋が言うのを聞くと、胸が詰まり涙が溢れる。この孤独な戦いを早く終わらせてあげたい。

b0087409_13381443.jpgいずれ被告人の福田孝行は罪と正面から向き合うようになるだろう。が、罪と向き合う必要があるのは福田孝行だけではない。一審と二審を担当した裁判官と弁護士にも、自分が行った過誤と正面から向き合ってもらいたい。一審の弁護士は、法廷で、福田孝行がいかに深く反省し更生の努力をしているかを懇々と主張して無期判決を引き出したが、その直後に福田孝行はあのような手紙を外に出していた。反省や更生は真っ赤な嘘で、要するに裁判官を欺いていたのである。遺影の持ち込みを拒絶し、刑事裁判において被害者には何の権利もないと嘯いた地裁裁判官の渡辺了造は反省してもらいたい。福田孝行の手紙を見ながら、敢えて福田孝行の「悔悟の気持ち」を認めて一審の無期判決を支持した高裁裁判官の重吉孝一郎は反省してもらいたい。今回、戦術転換をして殺害の事実認定そのものに異議を唱え傷害致死を主張した安田好弘と足立修一は、差し戻し審の審理と判決で完膚なきまで叩きのめされるだろう。叩きのめされて当然だ。

説得力という問題に背を向けて、イデオロギーに固執しイデオロギーと心中する左翼の病理を見る。これは左翼のデスペレートであり、自己をさらに異端に追い込む自殺行為である。私は左翼と言うかわりに私は護憲と言い、私は左翼と言うかわりに私は死刑反対と言う。単なる政治的アイデンティティの(条件反射的な)軽薄表明。何の説得力もない。確かに人間の命は地球よりも重い。けれども地球よりも重い人間の命は昆虫と同じほど軽い。それはどこまでも弁証法的で、そして我々の命は、所詮は五木寛之の説く大河の一滴でしかない。マルクスの言う類的存在としての本質に依拠し寄与する大河の一滴でしかないのだ。
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by thessalonike4 | 2006-06-23 23:30 | 山口県光市母子殺害事件
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