江田五月からメールをもらったのは、今から十年ほど前のことだった。こちらからメールを出して返事が届いたのではなく、向こうからいきなりメールが来た。文面は詳しく覚えていないが、「いろいろと批判されることは多いが、丸山ゼミ生の中で政治の世界に飛び込んだのは私だけです」という内容のことが書かれていた。そして文末には「今後も頑張って下さい」と激励の言葉が綴られていた。当時、私はHPで「政治改革」を痛烈に批判する論陣を張っていて、左側から「政治改革」に呼応した菅直人や江田五月に対しても、山口二郎や後房雄に対してと同様の辛辣な批判を加えていた。したがって、その江田五月本人からまさかメールが届くとは思ってもいなかった。が、それとは別に、丸山真男が死んだときに江田五月が書いていた追悼と回想の文章はとても印象的なものだった。
江田五月が演習生だった頃が
丸山ゼミナールの絶頂期だった。演習の最中に停電で本郷構内の電気がフッと消え、ところが丸山真男は何事もなかったかのようにマンハイム論の講義を続け、真っ暗になった演習室の中でカツカツと白墨で板書する音が響いていたという逸話である。江田五月の言葉は、そのときは軽く受け流してしまったが、時が経つとともに重く響くようになった。丸山ゼミの卒業生は学者やジャーナリストばかりで、政治の実践に身を賭けた者はほとんどいない。さらにまた、学者の中では藤田省三を筆頭に何人か碩学を輩出したが、日本の政治を丸山真男的な理念(一言で言えば戦後民主主義)の実現の方向に導く功績を残した者の名を多く挙げることができない。政治学を勉強した者は、意を決して政治の世界に飛び込むべきだ。ウェーバーの徒となるべきだ。
江田五月は、現在の政治家の中では傑出したインテリであり、エリートだが、その演説は決して上手とは言えない。彼の業績や達成の中で私が最も評価するのは、彼の
ウェブの使い方の巧さである。江田五月は日本における最高のインターネット政治家であり、現在も他を寄せつけていない。日本のあらゆる政治家のHPの中で江田五月のサイトがずば抜けてコンテンツが充実している。そこには単にスィーピングな自己宣伝だけではなく、自分が歩んできた政治の道のりの対象化がある。理論的な視座と検証の精神がある。
歴史を記録している。しかもその記録は、現代政治史を研究する者にとって一級の資料価値を持つものばかりだ。日本の政治がどのようにして多党制から二大政党制に変わったのか、そこに関心を持つ人間は江田五月のサイトを読んで参考にすればいい。そこに
歴史がある。
江田五月と菅直人は、まさに日本の二大政党制を左側から作ってきた人物だった。彼らに内在して言えば、日本に市民社会と民主主義の理念を実現するためにはそうせざるを得ず、その試行錯誤を繰り返してきた最後の終着駅が現在の民主党ということになる。江田五月のサイトには
社市連や
社民連関係のリソースがあり、そこに若い頃の菅直人が登場する。現在の若いブログ読者は名前も知らない存在だろうが、もう一人の有名な丸山ゼミ生である安東仁兵衛も密接に関わる。このあたりの知識は、政治を論ずる者は絶対に持っていなくてはならない。彼らと社会主義協会、彼らと日本共産党との角逐の政治史、そしてマルクス主義の
構造改革派の流れ、これらは不必要なものではなく、無視してよいものではなく、政治を論じ政治を志す日本人がベースの知識として必ず持つべきものである。
私が十年前にHPを始めたとき、注目してくれたのは、一橋大学の加藤哲郎教授と江田五月の二人だけだった。江田五月はインターネットが日本で立ち上がったその瞬間からHPを開設した。まさにネット草創期からの由緒あるサイトであり、更新を続け、関心を集め続けてきた名門老舗サイトである。当時、まだHPを製作する商用ツールは一般的ではなく、私も加藤教授もHTMLを手打ちで入れてサイトを設営し更新していた。現在でも加藤教授のサイトを見れば、そのアーキテクチャが古い時代の手作りのHTMLのものだということが一目で分かる。だから私は、不遜ながら、加藤教授と江田五月のHPを見ながら、ネット草創期の「同期の桜」だと思っている。江田五月HPが「
世に倦む日日」を発見するのも早かった。郵政選挙のもっと前からブログへのリンクが張られていた。ご本人ではなくスタッフによるものだろうけれど。
江田五月事務所のネットへの感度は鋭く、アンテナはきわめて高い。ネットの中の政治の動静と変化を見逃さない。そして最近の江田五月HPは、一年前からずっと姫井由美子の応援一色だった。江田五月は姫井由美子のラウンチに成功した。江田五月らしい政治の成功である。
去年の8月、同志の候補と話していて、「
あなた姫井さんのこと知ってるんじゃないの、キャンパスで顔合わせたことない?」と訊かれたことがあった。彼女は二部の学生だから、恐らく顔を合わせたことはない。でも、テレビでの受け答えを聞いていると、彼女の聡明さが伝わってくる。頭がいい。すぐにわかる。その知性と聡明さは、東京の人間がすでに失ったものだ。地方に暮らす人間だけが保存している良質な知性だ。さすがに丸山ゼミ生の江田五月、よい人を後継者に選んでくれた。同窓生として鼻が高い。本当にそこは学生に勉強ばかりさせる学校だった。
江田五月には丸山真男の血が流れているね。