
9月4日の『
クローズアップ現代』を見ていたら、知的障害者が社会的に孤立して犯罪を繰り返す実態が紹介され、心ある弁護士や福祉施設の人々が、そうした知的障害者の厚生を支援する姿が映し出されていた。番組に出てきた59歳の女性は、知的障害のために厄介者扱いされて家族から見捨てられ、旅館の住み込みで生計を立てていたが、やがてそこも追われて路上生活者となり、生きるためにパンを盗むなどをして、何度も刑務所に送られる人生を送っていた。番組では、知的障害者が福祉行政の援助を受けられる「
療育手帳」の制度があること、にもかかわらず知的障害者の多くが制度の存在を知らず、自己責任でホームレスの窮乏や犯罪者の人生を強いられ引き受けさせられている現実があること、そうした知的障害者を救うべく取り組みを続けている人々がいることが紹介されていた。番組を見ながら、自然に涙が溢れてきて、報道番組なのに名作ドラマを見ている視聴者になっていた。淡々と画面に流れる報道情報を、感情が邪魔をして拾えなくなった。

今回の番組は、最近の『クローズアップ現代』らしく、最近の国谷さんらしいもので、私は番組の方法とメッセージに感動して、感謝の気持ちでいっぱいになりながら30分間の放送を見送った。最近の国谷さんの番組は主張と視角が一貫している。それは一言で言えば「福祉」である。福祉主義の思想。社会には弱者がいる。自分の意志や努力や心がけとは無関係に、やむなく弱者の立場に追い詰められ、世間一般の人以上の苦痛と困窮を背負わされる者がいる。でも、そういう人たちも同じ社会の一員なのであり、幸福に暮らす権利は誰もが平等に持っていて、そうした弱者に保護の手を差しのべるのが社会の責任であり行政の役目である。国谷さんはそう言っている。日本のあらゆるメディアが小泉改革を礼賛し、自己責任と規制緩和の当然を宣伝報道する中で、国谷さんと『クローズアップ現代』は、その潮流に抵抗し、改革の進行と展開の中で福祉行政が掘り崩され、一般庶民の生活が苦しくなっている社会の実情をありのままに取材、報道していた。

十年前、私はHPで『クローズアップ現代』を
取り上げ、国谷さんについて、「
およそNHKの会長程度の中途半端な小役人で終る器量の人ではない。今すぐにでも日本国の外務大臣を拝命して、おそらく他の誰よりも見事な成果と実績を上げられる能力の持ち主である」などと書いている。あれから十年経ち、国谷さんに対する私の評価は、その当時思っていたよりもずっと高い、至高のものに変わっている。ジャーナリストを含めて、マスコミに登場する有名人で、この十年間に私の評価が上がった人間というのは皆無に近い。敢えて挙げれば、
佐古忠彦と筑紫哲也の二人だけだろうか(筑紫哲也はイラク戦争を境に変わった)。田丸美寿々も下がった。久米宏も下がった。誰もに裏切られる気分ばかり続き、失望ばかりが続いた十年間だった。報道番組の質は低下し続け、正視するに耐えられなくなり、やがて民放局の放送を見なくなり、どんなCMが流れているか何もわからなくなり、民放局の報道番組で誰がキャスターをやっているのかさえ知らない人間になっていた。

他の報道人たちが、自己の本来のレベルをキープせず、お笑いと新自由主義と右翼国家主義の思潮に靡き、迎合して、発言の質を徒に崩し、立ち位置を右に寄せ、転向して行ったのに対して、国谷さんは逆にジャーナリズムの質を上げ、報道者としての価値をひたすら高めて行った。現実を見つめる眼差しはヨリ真摯になり、取材の掘り下げは深くなり、社会の矛盾を暴露し追及する視角は鋭く強固なものになって行った。ジャーナリストとして理想の境地へ上って行く姿を見せてくれた。その姿は私を心から感動させるものだった。国谷さんは元来が国際報道の人で、その英語のパフォーマンスは抜群で、私は彼女以上に素晴らしい「日本人が話す英語」を見たことがない。(近代日本が開発し達成してきた)
文化としての「日本人の英語」の素晴らしさは、彼女によって水準証明されている。品があり、礼儀正しさがあり、相手への配慮が滲み出た英語。どこの(英語を母国語としない)外国の人間も真似のできない格調高い英語。英語を話す人間が誇りを持てる英語。

けれども、国際報道畑の看板キャスターだった国谷さんは、この十年間に姿を変えた。ジャーナリストとしてぶ厚くなった。厚さを増した中身は、何より厚生労働行政部門の領域であり、別の言葉で言えば、憲法25条にかかわる問題系の部分だった。国民のいのちとくらしに関わる取材と報道、そこで彼女は大きくなり、理想的な報道人へと成長した。憲法25条に関わる領域の報道、それは必然的に小泉竹中の構造改革路線に対する批判のジャーナリズムとなった。改革政治が席巻する中で、民放に出なくなった内橋克人は、『クローズアップ現代』には幾度か出演して、国谷さんの前で「改革」を批判する解説と議論を視聴者に送り届けていた。その二人の姿は、まさに日本の良識と良心の最後の砦を国民に見せていた。われわれは心を癒され、絶望の一歩手前で踏み止まることができた。だから私の内閣の基調は、『クローズアップ現代』で国谷さんと内橋克人が語り合い、視聴者に認識を示していたところにある。「格差社会レジームの転覆」の中身はそこにある。

国谷さんの番組で勇気づけられるのは、厚生労働行政の予算が縮減され、日本の社会保障制度が崩壊と清算の危機にある中で、それでも弱い者の生活と権利を守るべく奮闘している人間が多くいて、必死で闘っている姿を見ることができることである。この回の放送でも、刑務所から出所した知的障害者の女性を引き取り、彼女が「療育手帳」の給付資格を得られるよう支援する長崎県の福祉施設の女性指導者の姿が紹介されていた。『クローズアップ現代』にはこういう人が多く出てくる。臨時革命政府の内閣を作ったら、きっとこういう「英雄」の人たちが国谷さんの政府を助けてくれるだろう。こういう人たちが、厚生労働省の審議官や参事官になり、地方厚生局の課長や室長になって、日本を豊かで幸福な国に変えて行くだろう。そういう日本政府にしたい。それから、蛇足ながら、どうしてもこのことを言いたいが、年を重ねながらジャーナリストとして質を上げて行った国谷さんは、同時に、年を重ねながら美しさを増して行く日本の女の憧れの存在でもあった。
私がもし60歳の女であったなら、あるいは40歳の女であっても、憧れの理想の女性は誰ですかと訊かれたら、迷わず、「国谷さんのようでありたい」、「国谷さんのようになりたい」と答えるだろう。国谷さんは不思議な人で、この人が自分より年上なのか、年下なのか、調べるまでずっとわからなかった。知性や落ち着きの面からすれば年上の人のようであり、しかし、いつまで経っても美貌に衰えがないから年下かも知れないと思うようになっていた。