昨夜の「報道ステーション」に星野仙一が出演していた。成田からそのまま六本木のスタジオに直行したようだった。心身とも疲労困憊のはずなのに、生放送の番組では疲れた顔ひとつ見せずに、いつもの口調と表情で質問に答えていた。60歳。その元気さというか、体力に恐れ入った。韓国戦の死闘を振り返って、「何度も胃に穴が開くかと思った」と言っていたが、本当はどんなにか疲れていただろう。報道インタビューは成田ですでに終えている。それなのに、自宅に帰ることなく、深夜のテレビ局まで足を運んで、視聴者国民の前で再度の報告に及んでいる。星野仙一は立派だ。話の中身も感動的なものだった。部下を褒めて褒めて褒めまくる内容だった。主将の宮本慎也を褒め、四番の
新井貴浩を褒め、裏方のスコアラーを褒めちぎって談話を埋めた。「宮本がいなかったら僕は今日ここに座ってなかったと思いますよ」。宮本慎也が、試合でミスをした選手をすぐに呼び、野手を集めて一緒に注意し、皆が意思統一して結束を固めた美談を披露した。
裏方のスコアラーに対しては、何と一人一人の名前まで挙げて、その仕事を激賞した。「アテネのときはデータが不十分だったと言われたでしょ。今回は凄かったですよ。CD-ROMで10枚分のデータですよ。(紙の)資料が高さでこれぐらい(30cm)集めてくれてね、無論、集めりゃいいというわけじゃないから、全部要約して纏めてくれて、そこに相手打者の打球方向の確率とか全部出ているんですよ。素晴らしいデータ分析だったね。あんなスコアラーたちを球団は放っておいちゃ勿体ないと思いましたよ」。スコアラーの仕事と腕前を生放送で宣伝して、言わば就職の売り込みまでしてやっているのである。私は本当に感激させられた。テレビを見ていた当のスコアラーたちはどれほど感激しただろう。星野仙一のために、来年の北京で勝つために、死ぬほど働いて貢献しようと心に誓ったはずだ。そう思わない人間はいない。これが指導者のやるべき仕事だ。将たる器とは、まさに昨夜の星野仙一の姿である。凱旋の夜、指揮官は部下を褒めちぎった。
星野仙一はそれを言うためにスタジオに来たのだ。単に古館伊知郎の無駄話に付き合って視聴率をサービスするために来たのではない。最も国民が注目する大事な時機を逃さず、天下の前で部下の仕事を褒め称え、彼らの士気をさらに高め、来年に向けて集団の結束力を高め、そして国民からのさらなる声援を調達する基盤を固めたのである。星野仙一は素晴らしい。勝つために、それが必要だから、それが自分の仕事だから、指揮官の任務として、戦略として、昨夜の報道ステーションに出たのである。勝って当然の五輪予選、大会前、国民の関心はそれほど高くなかった。野球は4月から8か月間延々と見てきて、そろそろオフに入っていい時期だった。準備期間は一か月しかなく、相手は強敵の韓国で、今から考えれば薄氷の勝利だったと言える。「これまで何千試合とやったけど、勝負事っていうのはこれほど厳しいものなのかと初めて思いましたよ」。星野仙一がそう振り返った韓国戦は、歴史に残る死闘で、勝ちに賭けた
韓国側の執念は事前の予想をはるかに超えていた。
いろいろな逸話が後世の語り草になるだろうけれど、韓国側は勝利のための秘策と戦術を持っていて、その一つが、昨夜の報道ステーションで紹介された右打者の「死球作戦」だった。岩瀬仁紀の右打者の内角に入るスライダーを封じる。そのため、左足を半歩前に出してボールを左足に当てる。コントロールのいい岩瀬仁紀のスライダーは必ず低目に決る。同じ角度と速度で入って来る。作戦として絶妙。打者が故意にデッドボールを受けに行く行為はルールで禁止されている。だが、故意かどうかは審判の判断であり、韓国の選手の気迫溢れる死球作戦には審判もたじろがされただろう。死闘。一人一人がこの試合に選手生命を賭けた死闘。スピードを殺した変化球とはいえ、プロの投手の硬球を筋肉のない膝から下の生身で受ける衝撃と激痛は想像を絶する。間違えば半月板を損傷する。星野ジャパンが負けて日本に帰ることができなかったように、それは韓国も同じだったのだ。8回裏、思いもかけない展開でスライダーを封じられた岩瀬仁紀は、決め球を内角直球に賭けて危機を凌いだ。
岩瀬仁紀の球は決して速くない。ストレートでも130キロ台の表示となる。が、右打者の打球がネット裏方向のファウルになって飛ぶのを見る場合が多い。振り遅れている。それでカウントを取っている。岩瀬仁紀の直球に右打者が振り遅れる理由はよく分からないが、それだけ打者の神経が内角低目のスライダーに集中しているというのが一つの解説だろう。そして岩瀬仁紀はコントロールが乱れない。どんな場面でも抜群の制球力がある。制球力とは精神力そのもので、大脳力と言ってもいいかも知れない。制球力に自信があるから博打が打てる。大胆な勝負に出れる。「この球がもし外れたら」という不安が与える萎縮の作用なしに最後まで打者を攻められる。岩瀬仁紀は、常に、「ここで絶対に打たれてはいけない」場面だけで投げ続け、そこで成績を上げてきた。「ここで絶対に打たれてはいけない」場面というのは、打者の方からすれば、「ここで絶対に打たなければいけない」場面である。その一対一の真剣勝負で岩瀬仁紀は勝てるのであり、毎日毎日、真剣勝負の登板だけでこれまで経験を積んできたのである。
だから抑えられた。成田に帰ってきたときの阿部慎之助の言葉がとても印象的だった。「来年また代表に選ばれるように頑張りたいと思います」。以前の阿部慎之助とは全く表情が違う。二年前、堀内巨人でローズや清原一博と緊張感のないプレーをしていた頃の阿部慎之助とは別人のような言葉と眼差だった。好青年になっていた。野球の原点に帰った顔。野球の原点を発見して感動したのだ。阿部慎之助は打撃の天才だが、今度の五輪予選の
阿部慎之助は、その天才が繋ぎに徹した見事な打席を見せて、われわれを感動させてくれた。打球は常に三遊間を抜く方向に飛んだが、最初から打球の方向を狙って打っていた感じはしない。球を引きつけて、繋ぐ打撃を念じてくスイングしたものが、三遊間に巧く飛んで行っているように見えた。阿部慎之助の天才が気力を充満させると、あのような打撃と成績になる。イチローとはまた一味違う天才バッターの姿。阿部慎之助は少年時代のチーム野球の純白な原点を取り戻し、そして一回りも二回りも大きな大人に成長した。野球って素晴らしい。野球は面白い。星野仙一は素晴らしい。
北京での勝利を期待して星野ジャパンを応援する。日本野球万歳。
【そして紅白歌合戦】
泰山鳴動して、結局、今年の目玉はリア・ディゾン。期待のショーガールの星。注目して応援しよう。