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神野直彦における「福祉国家」の表象操作 - 「第三の道」の黄昏
b0087409_12201017.jpg岩波書店から出ている『希望の構想』という本がある。著者は財政社会学の神野直彦で、約一年前の一昨年11月に出版されている。神野直彦は山口二郎と並んで民主党の主要なイデオローグの一人で、特に民主党の経済財政政策の立案に決定的な影響を与えている重鎮である。一年前、私の著書が店頭に並んでいるのを確認しに行ったとき、八重洲ブックセンター2階で見つけて購入した。この本には、民主党がどのような財政や税制の方向へ政策の舵を切ろうとしているか要点が書かれている。自公政権の構造改革の政策に対する批判の書でもある。これから国会で予算審議が始まり、その報道を追いかける上で参考になる。私は一年前に買ったまま読んでなかったが、経済と財政を具体的に考える必要を感じて頁を開いた。そこで最初から気になる点があった。それは福祉国家の概念と表象に関わる問題である。重要な部分を引用する。



b0087409_12204735.jpg二○世紀から二一世紀にかけての世紀転換期は、重化学工業を機軸とする産業構造を基盤とした福祉国家が終わろうとしている時代であるということができる。福祉国家は重化学工業を軸とする経済システムに対しては、市場を機能させるために私的所有権を設定するだけでなく、鉄道・港湾・道路という自然に働きかける労働手段の延長としての社会的インフラストラクチャーを供給してきた。さらに人間の生活が営まれる社会システムに対しては、失業・疾病・年金などの社会保障や、公的扶助という現金給付による社会的セーフティネットを提供していたのである。つまり、福祉国家とは多軸的に関連する重化学工業を支えるため、大量生産を可能にする前提条件として、全国的規模での社会的インフラストラクチャーを整備するとともに、現金給付による賃金喪失保障や最低生活保障を実現する所得再分配国家だった。

b0087409_12213895.jpg全国規模の社会的インフラストラクチャーによってサポートされる経済システムの市場経済が膨張すると、家族やコミュニティという社会システムの機能が縮小する。そうした社会システムの機能縮小を、現金給付によって生活保障するという相互補完的関係を、福祉国家は実現していたということができる。もちろん、市場経済での敗者や弱者の生活保障のために現金を給付しようとすれば、市場経済での勝者や強者に課税する必要がある。そこで福祉国家のもとでは、高額所得や高額所得を形成する資本所得に重く課税する所得税や法人税を基幹税とする租税制度が形成されていたのである。こうした財政による所得分配を可能にするためには、生産要素のうち資本の移動を制御する権限が国家に付与されていなければならない。というのも、土地や労働という本源的生産要素は、国境を越えて自由に移動しないのに対して、資本は国境を越えて自由にフライトするからである。(中略)

b0087409_1222913.jpgしかし、一九七○年代から福祉国家は行き詰まり始める。それは重化学工業を機軸とする時代が終わり、知識社会あるいはポスト工業社会といわれるような新しき時代が、産声をあげ始めたからである。重化学工業を機軸とする古き時代が、軽工業から重化学工業へと機軸産業を移行させる第二次産業革命に導かれていたとすれば、新しき時代は機軸産業を知識集約的産業へと移行させる第三次産業革命によって先導されていく。こうして二○世紀から二一世紀への世紀転換期は、古き時代と新しき時代が楔形に混在する歴史的画期となっていく。このように古き時代が腐臭を放ちながら崩れていうるけれど、新しき時代がいまだ形成されずにいる。これこそが克服しなければならない危機の正体なのである。   
(神野直彦・井手英策 『希望の構想』 序章 絶望の構想から希望の構想へ P.8-10 岩波書店)


b0087409_12224010.jpg結論から先に言うと、この本は「第三の道」の正当性を弁証するために書かれたもので、福祉国家の表象が歪曲されて操作されている。したがって、理論構想としても政策主張としても基本的にすでに古くなっている。もし民主党がこの本をベースに政策理論を組み立て、党関係者の必読文献にしているのであれば、現在の状況の下では、恐らく再度の書き換えの必要に迫られることだろう。上の引用を読めばわかるが、神野直彦は、福祉国家の表象を古い重化学工業に基礎づけて説明するシンボル操作を行っており、福祉国家がマイナスシンボルとして印象されるように意図的に論理を構成している。福祉国家のモデルは高度成長時代の古いシンボルであり、そこにはすでに価値も未来もなく、われわれ(民主党)は新しい知識型産業の時代に適合したモデルを構想しなければならないと主張している。神野直彦において、福祉国家は過去の日本の社会モデルを表現する言葉であり、それはすでに賞味期限切れの古臭い概念なのである。

b0087409_12234327.jpg福祉国家を耐用年数の過ぎた過去のモデルだとする議論は、まさに「第三の道」の理論的立場の特徴であり、「新自由主義でもない福祉国家でもない第三の道」の正当性を論理導出する際に、必ず説明構図として提示されたものだった。その説得力は、英国を起点として90年代末の欧州で流行したものだが、日本でも民主党の政策担当者が数年前から政策理論の基軸として取り入れたものである。ブレアたちが「福祉国家」の表象を矮小化するときは、福祉国家と従来の労働党の労組過保護政策の旧弊を重ね合わせる手法がとられ、サッチャリズムによって批判された「英国病」の表象をそこに押し被せて、巧みに「福祉国家」表象の貶損操作が行われた。当時はまだ「成功」の評価の残っていたサッチャー主義との親和性が属性演出されて、政策支持の獲得に繋がったのである。政策の中身は、サッチャーの新自由主義が破壊したセーフティネットの張り直しであり、具体例として昨年の『ワーキングプアⅢ』で紹介されたものが挙げられるだろう。

b0087409_12243432.jpgところで、最近は「第三の道」を誰も言わなくなった。言葉として「第三の道」が消えた。英国で言わなくなり、欧州で言わなくなり、日本でも昨年は誰も言わなくなった。「第三の道」の言葉が消えたのは、それが標語だったからであり、社会科学的な実体のない政治言語だったからである。イデオロギーだった。目的は、新自由主義と社民主義の両方を叩いて、そのどちらでもない立場の正当性を確保することだったが、新自由主義の厄災と弊害が一般認識されるようになり、無理にそうした「第三の道」の幻想を振り撒いて説得しなくても、欧州の市民が社会民主主義の政策を再び支持するようになったからである。だから、福祉国家は理念として復活した。欧州だけでなく日本でも復活した。復活を証明する具体的証拠として、私は週刊東洋経済の新年号特集を挙げることができる。そこには「福祉国家」の言葉に対する衒いや躊躇いは全くない。福祉国家は、新自由主義に代わる次の構想として支持される正統シンボルの位置に戻った。福祉国家が貶められなければならない必然性はどこにもない。

b0087409_12251744.jpg一般経済誌である週刊東洋経済が「福祉国家」を正統な理念として、現実の問題解決の政策基軸として、日本の将来の構想を語る中核概念としてハンドリングしているのだから、構造改革と格差社会を批判する民主党が「福祉国家」に悪性のレッテルを貼る必要はどこにもない。福祉国家はイデーとして燦然と復活している。世界でも日本でも復活して、将来の構想を語る言葉となっている。だから、神野直彦の「福祉国家」論は古いのだ。十年前から五年前の議論でしかない。現実は、「福祉国家」が古くなったのではなかった。「第三の道」が古くなったのだ。状況を窺うに、どうやら英国の労働党政権はそのことを事実上認めている。この福祉国家のシンボル性をめぐる思想状況と神野直彦の議論からわれわれが直観する命題は、新自由主義と対決する理念は福祉国家以外にないということだ。福祉国家が過去のもので、新自由主義が現在のもので、その次に第三の何かがあるというパラダイムは説得力を失って崩れた。世界は三つではない。二つだ。三つあるというのは幻想だ。錯覚だ。二つのものが対立して存在しているのだ。

b0087409_12255216.jpg世界は時間軸に従って三つのモデルを変遷するのではない。常に二つのモデルが厳しく対峙していて、どちらかが優勢になったり劣勢になったりを繰り返しているのである。資本主義の世界においては、新自由主義と福祉国家の二つしかない。選択は二つだ。理念も二つだ。三つではない。神野直彦の『希望の構想』を批判できるほど私には財政学の知識はなく、それをするには僭越で傲慢に過ぎる。だが、全体を斜め読みながら感じるのは、新自由主義の経済財政政策を批判する基本軸が定まってないことである。個別の政策カタログについては詳細に述べられている。税制や分権について具体的な提案が多く並べられている。だが、その基本視角が弱い印象をどうしても否めない。例えば、財政論についても、現在の赤字財政を再建するにはどうするか根本的なところでメッセージがない。米国債売却も提案がない。防衛費削減も立論がない。株式譲渡税課税の言及もない。何か小手先の財政調整で巧く問題解決へ運ぶように書かれている印象がある。この本で示された構想全体の味噌であると思われる「三つの政府」論も制度の輪郭が抽象的で腑に落ちない。

b0087409_12264267.jpg読みながら、不満に思うのは何が原因なのだろう、政策理論に頑丈な骨格がないと感じるのは何故だろうと思い返しながら、気づいたのは、神野直彦の新自由主義批判や格差社会批判の中に憲法25条の視座がないということだった。それが不足感の原因のようだった。新自由主義の問題が人間の権利の問題として考えられてない。基本的人権の蹂躙や侵害の問題として把握されていない。そういう根本的な認識が欠落している。そこが神野直彦と内橋克人の決定的な違いだ。財政学が単なる財政政策プロパーのレベルに止まっていて、新自由主義の政策もそのレベルでしか捉えられておらず、社会科学的な視角からの新自由主義批判の観点が弱い。新自由主義は単なる経済政策プロパーはなく、まさに世界観であり、理想と目標を持っている。格差社会というのは、新自由主義政策が齎せた歪(ひずみ)と言うよりも、むしろ新自由主義の目的そのものなのだ。新自由主義は資本主義のネイティブであり、ネイティブに対して規制をかけて市民の生活を守ろうとしたのが福祉国家である。本能と理性。資本主義の人類史においては、常に二つの原理が対立と衝突を続ける。

b0087409_12274187.jpgそしてここから思い至ることは、民主党の政策理論というのは、常に憲法への基礎づけか欠落しているという問題であり、神野直彦の財政政策論が憲法25条への視角がないように、その安保政策論も憲法9条への基礎づけがないのである。枝野幸男の「憲法提言」そのものが、現行憲法の条文と戦後日本の歴史を無視していて、何で新しい憲法を制定する必要があるのかが説得的に表明されない。民主党の政策理論というのは常にそうした曖昧な性格がある。自民党との違いを言おう言おうとしながら、言うべき中身に骨格と精神がないのだ。言葉がふわふわと浮いている。リアリズムに即した訴えを言いながら、そして社民や共産の非リアリズムを批判しながら、その言葉の一つ一つにリアリティがない。現実問題を把握している実感が感じられない。上の神野直彦の主張も、中身は表象操作だけであり、官僚が「総合的な教育」とか「自立した福祉社会」を纏めるときのペーパーワークに似ている。神野直彦は、この本では、福祉国家の政策を貫徹すると資本が重課税を嫌って国境を超えて逃げて行くと言っているようだが、本当にそうなのだろうか。週刊東洋経済では、フィンランドで事業を続けるノキアの事例が紹介されていた。

トヨタやソニーやキャノンは国境を越えて出て行くのか。私はそれは無いと思う。日本に本拠を置くメリットの方が出て行くメリットよりも大きいはずで、世界企業としての競争力を保持する必要上、彼ら日本企業は日本国内に本拠を置くのだ。出て行けば必ず競争力を落とすだろう。
b0087409_12364286.jpg

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by thessalonike4 | 2008-01-15 23:30 | 新自由主義と福祉国家
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