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by thessalonike4
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明治維新は革命である - 内乱と革命の輸出、クリスタルな精神
b0087409_13265426.jpg中岡慎太郎館は、国道55号線を左折して、奈半利川沿いに国道493号線を山奥に入った北川村にある。そこは慎太郎の生地で、館の近くには生家もある。十年ほど前に訪れたときは、道が狭くて交通が不便なところだったが、現在は道路がすっかり整備され、55号線から慎太郎館までのアクセスは約13分と案内されている。この季節、1月から2月にかけての気候はとてもとても温暖で、陽射しが明るく暖かく、空気がやさしく心地よく、ぽかーんとした陽気に包まれて、無憂の空間に身も心も浸らせて時間を送ることができる。その気候は、土佐湾の東側が特にそうで、海岸の上の青い空にまるで太平洋高気圧の中心が見えるようだった。慎太郎は常に早足で街道を歩き、一日に十里二十里を疾駆して国事に奔走した。早足で歩く頭の中では、幕閣の動き、朝廷の動き、雄藩の動き、志士の動き、外国の動きの刻々の諸情報が回路を循環し、情報処理され、回天の実現に向けて一日を前に進める衝動と次の行動の計画がさらに慎太郎の足を速めていた。



b0087409_13271254.jpg龍馬は百年の国家を展望しながら船の上に立っている。瀬戸内と紀伊水道と太平洋の航路を行き来している。慎太郎はいつも陸路を俊足で駆けている。山陽道の裏道を黙々と歩いて夜陰に京都盆地に潜入する。龍馬が薩摩(西郷)と幕府(勝・春嶽)を担当し、慎太郎が長州(桂)と公家(三条・岩倉)を担当した。どちらか片方がいなければ薩長同盟の実現はなく、明治維新の大業もなかった。当然、薩摩を担当した龍馬よりも長州を担当した慎太郎の方が危険は大きく、路上で幕吏の捕縛や新撰組の反革命テロに遭遇する可能性が高かった。小説の中でも慎太郎の登場場面は少ない感じがする。活動の殆どが地下行動で、後世に伝えられる資料が少なく、維新後に生き延びて後日談を語ることもなかったからだ。愛すべき慎太郎。この青年ほど革命家らしい革命家は日本史上いない。キューバ革命のゲバラのような雰囲気がある。二人は何を話し合っていたのだろう。二人が殺されて土佐革命派の指導部は潰えた。半平太も死んだ。以蔵も死んだ。寅太郎も死んだ。龍馬も死んだ。慎太郎も死んだ。みんな死んだ。

b0087409_13272121.jpg明治維新は革命である。明治維新が革命でないのならキューバ革命も革命ではない。革命とは、単なる政治権力の勢力間移動ではなく、その社会成員の価値観や世界観も含めてトータルに変わる社会変動を言う。価値観が変わらなければならない。江戸から明治へ、日本人の価値観と世界観は大きく変わり、言わば新しい人間に生まれ変わり、国民として別の国を作る営みに参加して行った。『竜馬がゆく』と『翔ぶが如く』では情景が変わっている。一人一人が近代国家の国民に変わりつつある。ウェーバーの「鉄の檻」の住人へと変貌を遂げている。明治維新の目的は、外圧をはねのけて日本を欧米列強に伍する近代国家にすることだった。植民地化の危機を防いで、日本が独立した民族国家として世界の中で生き延びること、清国のような半植民地にならないこと、それが明治維新の動機であり、そのために下級武士たちが動いた。その革命の構想を描いた中心的な思想家は松蔭で、明治維新の後、日本は瞬く間に松蔭が思い描いたとおりの国家になっている。

b0087409_13273253.jpgそれは、①天皇を中心にした中央集権国家、②欧米列強に比する軍事力と産業力、③身分階級の隔てない平等な社会、の三要素である。薩長権力は松蔭の思い描いた日本を建設していて、だから明治維新は松蔭を神聖な起点として辿られることになる。松蔭が物語の聖人となる。明治維新を矮小化する者たちは、当時の下級武士の若者たちの危機感について思いを馳せる必要がある。大国の清が英国に戦争で敗れて領土割譲に至った事実は衝撃で、世界は列強によって着々と蚕食されつつあり、それが東端の日本に及ぶのは時間の問題で、そして嘉永六年には遂にその時が来たのである。幕府は諸外国と不平等条約を結ばざるを得ず、そうしなければ戦争となって列強の餌食になるのは見えていた。明治維新が目的を達成するのは、完全な関税自主権を獲得する日露戦争後のことだ。半植民地から独立国になるのに、二度の対外戦争を起こし、40年の歳月をかけている。革命としての明治維新を定義的に見るとき、ペリー来航の1853年からポーツマス条約の1906年までの53年間が革命の時代と言える。明治国家とはまさに革命国家だった。

b0087409_13274233.jpgクーデターか革命かが論じられるとき、屡々その政治変革に際しての犠牲者の数が問題となる。明治維新は単なる宮廷クーデターだったと誰かが主張するとき、王政復古から大政奉還において一人の死者も出ていないとか、戊辰戦争でもせいぜい7千人程度で、フランスやロシアとは比較にならないなどというレトリックが出される。それを言うなら、ボリシェビキが冬宮を襲撃占拠して首都と全土の権力を一瞬に掌握した瞬間も同じで、逆にソ連が崩壊した頃は、あれは革命ではなくクーデターだったという矮小化の議論がなされて、磯村尚徳までもがテレビでそんな発言をしていた。フランス革命も同じ。革命が革命らしく規模を大きくするのは、ジャコバン派がジロンド派に対して全土でテロル(恐怖政治)を仕掛け、さらに革命を潰そうとする諸外国との戦争に及んでからのことである。フランス革命もロシア革命も明治維新もよく似ている。最初に政変で権力移動があり、それから国内で大きな内乱が起こる。ロシア革命の場合は白衛軍と赤衛軍の熾烈な内戦がある。日本の場合は十年後に西南戦争が起きる。西南戦争の死者は1万5千で、戊辰戦争の倍近い人数が死んでいる。

b0087409_13275162.jpg西南戦争によってようやく大久保は武士階級を武力で叩き潰し、近代的中央集権国家建設の基礎を得る。ネーション。官軍の兵士は全国から徴募された百姓兵で、反政府軍は日本の中でも最も武士らしい武士である精悍な薩摩兵だった。この点においても、明治維新の革命的性格が如実に示されている。そして日露戦争、犠牲者数は8万8千。旅順要塞攻撃だけで5万。夥しい日本人の血が流されて、日本はようやく近代独立国家の地位を得る。それを美化して言うのではなく、日清戦争と日露戦争の二つが明治維新の真っ直ぐ延長線上にあるという歴史認識がやはり正しい。それは帝国主義戦争であると同時に革命防衛戦争の性格を併せ持っている。革命国家の防衛。ナポレオンの外征をフランス革命と切離して、単純にフランスによる侵略戦争だと見ることはできない。革命防衛戦争という表現に抵抗があるとすれば、少なくともそれは革命の輸出である。白軍を追ってポーランド領に侵攻した赤軍の歴史も同じ。正当化できるかどうかは別にして、江華島事件から日清戦争に至る東アジア史の経過は、政治学から見て「革命の輸出」の性格を与えることができる。

b0087409_1328377.jpg革命を経験した国家の国民は、頭の中の地図が変わり、旧来の国境線を容易に踏み越えて行く。イラン・イラク戦争がそうだった。ナポレオンやボリシェビキの外征は善だが明治国家の外征は悪だと言うのは矛盾した議論である。日本の左翼が明治維新を矮小化する動機は思想的に二系列あり、一つはマルクス主義講座派による半封建的日本資本主義の規定であり、もう一つは脱構築主義による江戸日本礼賛言説である。二つとも日本のアカデミーの(過去と現在の)正統である。前者は明治国家に半封建の規定を与えたため、明治国家の近代性評価は否定されなければならなかった。後者は反近代主義で反国民主義であり、明治国家や中央集権や戦後日本の高度成長や、それら全てが否定されなければならなかった。日本の左翼の思想はマルクス主義でなければ脱構築主義であり、天皇制と明治国家はまさに不倶戴天の敵で、明治国家の対外戦争を「革命の輸出」の視角で把握するような政治学的前提はそもそも持たない。だが、革命には輸出の生理がある。キューバ革命も同じで、カストロはそれをアンゴラとニカラグアに輸出した。左翼がそれを正当化するのなら、日清戦争も正当化しなくてはいけない。

龍馬と慎太郎が殺された後、後に続く者たちは、明治国家に最良の近代を与えるべく、やはり同じく歴史を前に前に押そうとしてゆく。植木枝盛、中江兆民、幸徳秋水、馬場辰猪。キラ星のように輝く人文社会思想家群像。明治国家のクリスタルな精神は土佐が作ったものだ。
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【記事にしたい問題意識をカタログ的に】

1.大塚史学と福祉国家について

福祉国家と大塚史学について書きたいが、これほど文字分量の少ないブログ記事でも、何をどう書けばいいか、頭の中でまだ整理ができていない。資本主義の本能と理性、それが新自由主義と福祉国家だという本質論はこれでいいだろう。ここから、そのまま大塚史学の資本主義のイギリス型とオランダ型の問題認識に繋がる。当然だ。それが社会科学的思考だ。で、そこからレーニンと大塚久雄の問題、講座派経済学の問題が関心の枠内に入る。が、あまり風呂敷を広げすぎてもいけない。コンパクトに纏めないと。そして、そこから、

2、新自由主義と脱構築の問題について

日本の社会科学と脱構築主義の問題が視野に入る。BLOG一般の状況を見ていると、「リーダーなんて要らない」という指導者無用論が圧倒的で、政府批判の床屋政談をネタにしながらネットを遊び場にするスタイルの保守と堅持が相変わらず呼びかけられている。これは脱構築主義の影響であり、こうして脱構築主義が蔓延り続けているかぎり、新自由主義を打倒する変革主体をネットから作り出すことはできない。脱構築主義と新自由主義は同じメダルの表と裏であり、それをどう論理的に説得するか。まさに寺島実郎の言う戦後民主主義の思想的限界。

3、日本版福祉国家の経済政策と国家戦略

これはかなりイメージがあるが、表現や順序をどうするかで問題はある。

4、福祉国家政権への多数派形成の具体論

これは非常に難しいな。

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by thessalonike4 | 2008-01-16 23:30 | その他
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