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チベット独立論の盲点 - 国境の線引きと自治区内中国人の処遇
b0087409_1553682.jpg纏足とアヘン中毒と人身売買の時代の中国、主権なき半植民地状態の中国の混乱と停頓と疾患については、魯迅の『阿Q正伝』や『狂人日記』で手探りすることができる。文化大革命時代の混迷と絶望と地獄については、ユン・チアンの『ワイルドスワン』を読むことで正確に検証することができる。われわれ日本人が簡単に戦前の暗黒社会に戻ることができるように、中国人も簡単に統一前の中国の分裂と混乱の泥沼状態に戻ることができる。統一国家を壊し、法治国家を崩して、剥き出しのエゴと暴力で梟雄が地域を支配する社会に立ち戻ることができる。梟雄が覇を競って争う古代的乱世に戻ることができる。中国も日本と同じなのだ。中国が新自由主義の激越な格差社会にブレーキをかけられないのは、文化大革命の悪夢の時代に戻る恐怖があるからである。極貧共産主義の「平等社会」の記憶が甦るからである。中国人にとって共産主義経済とは、あの人民服と人民公社と下放労働の悲惨な全体経験である。



b0087409_1501028.jpgガラス細工のような壊れやすい中華人民共和国。そのことを中国人は知っている。中国人にとって、その国家は言論の自由のない不自由で窮屈な社会であり、過酷で無慈悲な貧富の拡大の中で希望を見失って身悶えて嗚咽する社会であり、出世欲に目をギラつかさせた共産党の官僚が富豪と癒着して汚職と不正と専横を恣にしている社会に違いないが、ガラス細工のような統一国家を失えば、強権で不正と汚職を摘発する中央権力の統制の契機すら失われるのだ。中国の場合、政権の政策は常に極端なリバタリア二ズムとコミュニタリアニズムを左右に移動する。そういう本性を持っている。リバタリア二ズムを突き抜けたところに統一前中国の無秩序とアヘン中毒の混迷と退廃があり、コミュニタリアニズムの極限に文革中国がある。新自由主義の選択とアクセラレーションは、文革否定の衝動以外の何ものでもない。エゴが全面解放されている。一般論的な言い方になるが、エゴイズムを抑制する市民的倫理の契機が弱い。

b0087409_1502171.jpgそれは、あの人口の多さと長い歴史の伝統から来るもので、そこにヨーロッパ的な市民の出現を期待し想定するのは簡単ではないのである。13億人の国民に配分できる資源は限られている。中国が世界の五分の一の食料や水やエネルギー資源を持っているわけではない。衣食足りて礼節知ると言われるが、自由や民主主義や人権の理念が内面化されて、一人一人が市民社会の自律的な主体になるためには、ある程度の物質的な生産力の高さが前提になると誰もが考えるだろう。その生産力の高さをどうやって実現するか、その答えが中国の場合は鄧小平の黒ネコ白ネコ理論で、豊かになれる者から先に豊かになれと号令をかけた。号令は文革の絶望と荒廃を収束させた救世主のカリスマによるもので、この号令が事実上の憲法として現代中国の社会を統治している。基本法である。中国の国家の経営というものは本当に困難な事業だ。現在の共産党指導部の中に無能な人間は一人もいない。胡錦濤主席は英語とロシア語と中国語ができる。

b0087409_1503455.jpg中国の指導部は全員が鄧小平路線のエリートなのであり、基本法に背くことはできない。宗法は則るべし犯すべからず。だから中国は果てしなく格差社会が激化し、それを食い止める思想や原理を体制として確立できないのである。中国共産党の中央委員会政治局常任委員会では、格差問題も議題として上がることだろう。だが、察するに、恐らくはこんな具合で議論が途中で止まるのだ。「経済の平等化を政策的に主導すれば、誤って文革時代の路線に迷い込む危険がある」「格差を批判する党員を中央に抜擢すれば、鄧小平を批判して毛沢東の路線を復活させるかも知れない」。こういう意見が出れば、党中央が格差是正の抜本策へと方針を転換するのは難しいだろう。そこへ踏み出そうとすれば、鄧小平路線の思想を否定するか相対化しなければならない。宗法を捨てなければならない。それは現在の執行部の判断では無理だ。チベット問題を始めとする民族問題も同じ。民主化問題も同じ。原則は変えない。成功法則としての鄧小平路線が憲法なのである。

b0087409_1504815.jpgチベットを国内に領有するのは中国にとってコストが大きいから、早く手放して分離独立させればいいという主張があるが、これは中国の国家の実情を考慮しないイージーな議論である。前の記事でも書いたが、チベットの分離独立は直ちにウィグルに飛び火する。内蒙古に分離の動きを呼び覚ます。その二自治区が分離独立を果たす前に、23省内の各地で反政府運動が勃発、暴動から内乱へとエスカレートして、共産党支配体制は崩壊するだろう。ガラス細工は一瞬にして壊れる。中華人民共和国にとってのチベット分離独立は、言わば徳川幕藩体制にとっての黒船来航と安政条約であり、すなわち大政奉還まで一足飛びに進む。チベット独立と簡単に言うけれど、それがさほどマイルドに進行するはずがない。第一に、独立するチベットと中国との国境線はどうなるのだ。チベット人にとっての独立とは現在のチベット自治区が中国から分離することを意味しない。アムドやカムを含めた大版図を原状回復しようとするだろう。当然、青海省のほぼ全域をチベットに帰属させるべく求める。

b0087409_151213.jpg四川省の西半分も同じ。仮に、チベットが旧カムの領土を全く回復した場合、省都である成都のすぐ西に国境線が引かれ、四川省の面積は半分になってしまう。世界各地の紛争と同様、領土問題が起きないはずがなく、平和的な話し合いで両国の線引きが行われるとは思えない。確実に流血の事態となる。と言うよりも、現在、その流血が起きている。かなり穿った見方かも知れないが、現在進行中の紛争は、決して自然発生的なチベット人住民の行動ではなく、チベット側が周到に計画した意図的で政治的なものではないかと私は疑っている。その理由の一つに、3/14にラサで起きた大暴動の後、3/16に四川省アバ県、3/19に甘粛省甘南チベット族自治州で暴動が続いていて、まるで大チベットの版図を世界の人間に知らしめるように、事件のニュースが発信されていることがある。今回、世界中の人々が地図を見て、チベットは単にチベット自治区にとどまらない事実を確認した。このことの政治的意味は非常に大きい。抗議行動や暴動を起こす地点と日程を予めプログラムしていたのではないのだろうか。

b0087409_1511623.jpgまた、仮にチベットが独立国となったとき、その独立国は中国と厳しく対立し、時に国境線で武力衝突を起こす可能性のある反中国家となることが確実視されるが、そういう反中国家が中国の奥の西隣にできたとき、安倍晋三や麻生太郎が日本の政権に就いて憲法改正を果たした場合は、間違いなく反共反中の新チベット国家に軍事援助するだろう。自衛隊を派遣するかも知れない。憲法改正の前でも、経済援助と称して湯水の如くカネを注ぎ込んで、そのカネで米国から兵器を買わせて重武装させるだろう。ミサイル基地を建設する可能性がある。私にはそういう危険な想像が次から次に頭に浮かぶが、ネットでチベット独立を言っている人権派やリベラル左翼は、そうした不穏な未来図を想定することはないのだろうか。日本の右翼にとって共産主義中国を打倒することは積年の悲願であり、ソ連邦が崩壊し、国内の左翼が死滅した現在、地上に残された敵は中国共産党のみなのだ。共産主義中国に圧力をかけて崩壊と解体に追い込む。その政治的目標の達成のために日本の右翼はチベット支援と五輪ボイコットを絶叫しているのである。

b0087409_1512830.jpg共産主義中国は日本右翼の主敵だ。福田政権が発足して北京と友好関係を回復しようとしていたとき、チベット暴動は日本右翼にとって反転攻勢の好材料であり、国内の政治世論を再び反中反共で塗り潰す絶好の機会の到来である。その日本のイデオロギー的現実を認める必要がある。われわれは右翼のイデオロギーが充満する思想空間に生きている。ゴーマニズム宣言、2ちゃんねる掲示板、政治番組の金美齢のヒステリー。公式会見での橋下徹や石原慎太郎の平然たる暴言。書店へ行っても、テレビを見ても、ネットと向い合っても、その空間にはスギ花粉のようにイデオロギーが漂っていて、どれほど防護マスクをしても目から鼻からイデオロギー花粉が入るのを防ぐことができない。入ったイデオロギー花粉は体内で抗原抗体反応を起こす。大気中に飛散する右翼のイデオロギー花粉は、年々その濃度を高めていて、拒絶反応を起こして悩まされるわれわれの憂鬱は深くなる。われわれ日本人の精神衛生上の環境は、右翼の毒々しいイデオロギー花粉で汚染される一方だ。福田政権で一息ついていたが、右翼は汚染し続けなければ我慢できない。

b0087409_14595264.jpg問題はもう一つある。先に線引きの困難と国境紛争の危惧を出したが、チベットが中国から独立したとき、新チベット国内の中国人はどうなるのか。今度の暴動で中国人商店が放火や破壊の被害を受けていて、恐らくこの10年か20年の間にラサに入ってきた中国人商人の店だろう。他から入ってきて無遠慮に商売で儲けている中国人に対するチベット人の憎悪は深く、その理由は少なからず理解できるが、今度の暴動で自治区内に住む中国人のチベット人に対する憎悪や恐怖の感情も深まったに違いない。チベット独立となれば、チベット領内に住む中国人は必ず反発する。彼らの身の安全はどのように保障されるのか。人口比ですでにチベット人と同数かそれ以上多くいると言われるチベット自治区内の中国人の問題を考える必要がある。まさか、クレンジングするとは言わないだろうし、国内で居住区を分けるなどという提案が出るとも思わないが、チベット独立を言う場合は、この問題にどう対処するかを一度は考えてみるべきだろう。自由や民主主義や民族自決や国際協調の一般論が、リベラル左翼が思うほど簡単に適用して論議できないのがチベット問題の根の深いところではないか。

ガラス細工のような壊れやすい中華人民共和国。それなら一撃を与えて早く壊してやれというのが日本の右翼の論理である。その方が民主化されて中国人一般の利益と幸福に繋がると日本の右翼は嘯く。だが、実際にはそう簡単にはならない。分裂のインパクトは混乱と争乱を呼び起こし、現在よりさらに過酷で無残な民衆の権利剥奪状態に陥る可能性の方が高い。梟雄の割拠と支配と争乱よりはマシな共産党独裁と新自由主義を選んでいるのだ。
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【今日の1曲は欧州の古典楽曲】

春らしく、バッハのブランデンブルク協奏曲を。
管楽器が前面に出てバイオリンが背後に下がる第2番。
トランペットのリードが軽快で、ブルジョワな庭園の森で鳥の囀りを聞くようにいい感じ。

この曲は男の書斎のBGMとして最高で、
難しい本のページをめくったり、デミタスのコーヒーを口に含むときにベストな一曲だけど、
こうやって楽団が演奏する動画を見ながら聴くのも悪くないね。



演奏しているのは、フライブルク・バロック・オーケストラ。
フライブルクはドイツの西南端にあってフランス・スイスと国境を接する町。
いまトレンドは欧州。

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by thessalonike4 | 2008-03-26 23:30 | チベット暴動と北京五輪
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