本と映画と政治の批評
by thessalonike4
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「靖国」と表現の自由の逆説 - 石井紘基と公共の福祉の規制
b0090336_17213893.jpg映画『靖国』の上映をめぐる問題で、稲田朋美らの政治的な介入と圧力を批判して映画の上映を求める主張と論理の部分で少し気になるところがあった。4/6(日)のTBS「サンデーモーニング」の報道が典型的だったが、街頭インタビューの声を集めて、「公開して見た人にいい映画か悪い映画かを判断させるべき」という反応を番組のメッセージとして発信していた。すなわち「表現の自由」にもとづく権力の介入の批判である。ネットの中でも「表現の自由」の論理で映画公開の妥当性を言い、稲田朋美らによる妨害と威嚇の不当性を批判しているものが多い。関口宏らしい常識的で穏当な問題の扱い方であるし、視聴者一般に対する説得力の点では、確かに「表現の自由」の論理で問題を捌くのが最も適当だろう。が、私が気になるのは、例えば『バトルロワイヤル』とか『プライド』などの問題との関連が思い浮かんだからである。



b0087409_13145983.jpg津川雅彦が東條英機役を演じた『プライド』は、東京裁判の意義を真っ向から否定して東條英機を全面的に擁護する右翼映画であり、10年前に公開されて全国145の東映系映画館で公開された。右翼漫画の『戦争論』が空前のブームで売れている頃であり、自由主義史観運動のイデオロギーが全国に広がり、ネットを席巻していた時期でもあった。石原慎太郎の東京都知事当選も1998年。『プライド』は右翼国家主義の台頭と世論制圧の画期を示す象徴的な映画でもある。20年前の1988年なら製作と公開は不可能だった。30年前の1978年なら企画すら考えられなかっただろう。『プライド』の公開に際しては、当然ながら反対運動が起きてマスコミでも若干の論議がされたが、勢いのある右翼の側が簡単に世論を押し切って公開へと及んだ。主演の津川雅彦は「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」の発起人もつとめている。

b0087409_13154062.jpgビートたけしが出演した2000年の『バトル・ロワイヤル』は、中学生が凄絶に殺し合う映画で、この映画は国会で取り上げられて問題になった。委員会で質問に立って映画の有害性を指摘し、青少年への悪影響を懸念して文部省に対応を迫った国会議員は、2002年に右翼の手で暗殺された民主党の石井紘基だった。神戸連続児童殺傷事件が1997年、栃木女性教師刺殺事件が1998年、光市母子殺害事件と栃木リンチ殺人事件が1999年、西鉄バスジャック事件が2000年と続けざまに少年による凶悪な殺人事件が発生していた時期であり、青少年の凶悪犯罪を助長する可能性のある有害暴力映画に対して政府による積極的な規制と指導が必要だと石井紘基は訴えている。このときの国会での質疑が議事録としてネット上に公開されていて、読み直して非常に興味深い。そのときの文部大臣は、現在「ガソリン国会」で狸芝居を名演中の大島理森。

b0087409_13154916.jpg石井紘基が質問で次のように言っている。「映倫、映倫と政府は言うけれども、映倫の指定を侵しても何の罰則もない。何にも関係ない。ないのと同じじゃないですか。そんなことをやっていて、政府がそんな悠長なことを言っているということが許されますか。あしたにでも犯罪は起こるかもしれないですよ。もしまたこういう青少年の凶悪犯罪が起きて、それで、この本を読んだ、あの映画を見たというようなことが起こったら、どういう責任をとりますか。責任をとってくださいよ」。この言葉は今から振り返ってきわめて重い意味がある。石井紘基の質問から3年半後の2004年6月に起きた佐世保小6同級生殺害事件の加害者は、『バトル・ロワイヤル』に影響を受け、『バトル・ロワイヤル』に酷似した「小説」をノートに書いており、映画と同じようなナイフによる惨殺で同級生を殺す部分があり、「小説」の中で殺される同級生は実際にカッターナイフで殺害された被害者の子と同じ苗字だった。

b0087409_13155935.jpg質問の中で石井紘基は「表現の自由は何のためにあるのか」と政府に迫っているが、私は全面的に石井紘基と同じ立場であり、青少年にとって有害な図書や映画に対しては政府が必要な規制をかけるべきだと考えている。こうした暴力映画や児童ポルノや学校裏サイトへの規制だけでなく、対戦型テレビゲームに対しても踏み込んだ規制が必要で、有害ゲームを野放しにしていることが日本の少年犯罪を増加させ凶悪化させている大きな要因になっていると思われる。「ゲーム脳」という言葉はあるが、映倫やビデ倫に相当する「ゲー倫」の組織や体制がない。青少年に悪影響を及ぼす有害ゲームの氾濫を制止して、青少年の脳を守るための倫理審査機構が必要で、制定した基準から外れた悪質なゲーム商品は販売を中止させるべきだ。本当はそういう提案をするのが社会学者の役割のはずだが、日本の左翼脱構築主義の社会学者は有害ゲームの開発を助長し拍車をかける理論を提供して状況を合理化している。

b0087409_13161078.jpg有害な映画やゲームが社会に悪影響を及ぼす場合は、それが明らかな場合は、政府が「公共の福祉」の論理で規制をかけないといけない。憲法第12条によれば、憲法が国民に保障する権利は常に公共の福祉のために利用されるべきものであって、国民はこれを濫用してはならないとある。無制限の表現の自由などない。石井紘基の言うとおりだ。『プライド』の場合はどうか。公共の福祉に関連してドイツの基本法第2条には次のような規定がある。「何人も、他人の権利を侵害せず、かつ憲法的秩序または道徳律に違反しない限り、自らの人格の自由な発展を求める権利を有する」。この中の「憲法的秩序または道徳律に違反しない限り」という部分が特に注目される。この文言は日本国憲法の第12条にも明文化して挿入しておけばよかった。「憲法的秩序」というものがある。90年代初め、ドイツも日本と同じように経済が停滞し、極右ネオナチが台頭したが、ドイツは日本のようにはならなかった。右翼のイデオロギーの興隆と拡延をよく阻止した。

b0087409_13204968.jpg日本で、表現の自由が「憲法的秩序に違反しない限り」保障される留保と制限がついた場合、憲法判断として『プライド』は上映許可されないだろう。前文を読めば日本国憲法が何を誓い、どのような思想を固持すると言い、どのような思想を拒否すると言っているかは瞭然である。本来、憲法はそのように運用されるべきで、憲法の秩序に違反する言論や表現の自由は認めるべきでなく、政府が規制に乗り出すべきである。『プライド』は上映禁止が当然、『ゴーマニズム宣言・戦争論』は出版禁止が当然ではないのか。日本の国民と政府が憲法を正しく守っている社会状態というのは、『プライド』や『戦争論』が違憲作品として規制される状態であるはずである。そうでなければ、戦争放棄を誓ってラディカルな平和主義を掲げた日本国憲法は、基本法としての規範性や基準性を全く失うことになる。空文化する。『プライド』が規制されることなく、逆に『靖国』が政治権力の手で規制される現実とは何なのか。それは、この社会が日本国憲法ではなく大日本帝国憲法の秩序と規範の下にあるということだ。

b0087409_13163084.jpg先週の4/3(木)に「報道ステーション」の古館伊知郎が、「この問題をこれまで番組で取り上げてこなかった」自粛の非を反省する弁を視聴者に言い、『靖国』公開への政治的圧力を批判する映像と解説を並べていた。4/6(日)の「サンデープロジェクト」もその報道の流れを継いだ。すなわち、もうすぐ憲法記念日が来る。朝日新聞の社内で21年前の赤報隊事件の記憶が甦って幹部の間で議論になり、『靖国』問題の報道を控えようとする電通の意向を押し切ったのだろう。テレビ朝日の報道の取捨選択と論調は朝日新聞と電通が決める。電通と朝日が「こう言え」と言えば、そのとおりにするのが田原総一朗で、ときどきは左側にも受ける演技で番組の「中立性」を演出し、視聴率を落とさないように偽装的にバランス配慮しているだけに過ぎない。今回の田原総一朗による稲田朋美バッシングは、単に稲田朋美が出演を拒否したために大袈裟に吠えてみただけで、稲田朋美が出演していたら、アルゴピクチャーズの岡田裕との間に入って「どっちもどっち」の仕切りをしただろう。「オレの番組に出て来い」と言っているだけだ。

b0087409_13165025.jpg前原誠司に対しても同じ対応をしている。前原誠司が偽メール事件で辞任に追い込まれる間際、「サンデープロジェクト」のスタジオに出て来ずに外から出演したことがあったが、そのとき田原総一朗が前原誠司を罵倒して叩きまくった経緯がある。世論の趨勢を眺めて、世論の不支持が決定的な局面の政治家には容赦なく罵倒と恫喝を浴びせる。そのときの前原誠司も、今回の稲田朋美も、要するに「オレの番組に出てきてオレの言うことを聞け」と言っているだけだ。注目と関心の集まっている政治家を生出演させなければ番組の視聴率を維持できなくなる。逆に、与野党問わず政治家たちが嬉しそうに番組に出てきて田原総一朗に尻尾を振れば、田原総一朗の権力は安泰で「サンデープロジェクト」の番組編成上の地位も万全となる。呼びつけた政治家が出るか出ないかは田原総一朗にとって死活問題なのだ。「国会なんて何も機能してないが、政治家はオレの番組で政治をやっている」というのが田原総一朗の口癖で、自分が日本の政治を仕切っていると言いたいわけだ。別にジャーナリストの精神で稲田朋美を非難したわけではない。

最近は前原誠司をかわいがって、番組に出演させまくっている。「表現の自由」の論理は、いずれ遠くない時期に右翼に逆用されるだろう。同じ論法で逆に切り返される。
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【今日の一曲】

1981年の薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」を。
17歳の薬師丸ひろ子が「ザ・ベストテン」に初めて出演したときの映像。
久米宏も黒柳徹子も若い。27年前。溜息が出るね。
寺尾聡の「ルビーの指輪」とか、堀江淳の「メモリーグラス」も1981年の曲だった。



来生たかおとのデュエットもある。
詞もいい。曲もいい。センスは間違いなく80年代。
「愛した男たちをかがやきに替えて、いつの日にか僕のことを想い出すがいい」 。

ビートたけしも1981年か。この男が日本を変えたね。臭く汚く醜く邪悪に。

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by thessalonike4 | 2008-04-07 23:30 | その他
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