
一夜明けて、昨日の共謀罪法案をめぐる政局の顛末を朝日新聞が詳しく書いている。共謀罪絡みの政治報道でこれほど紙面のスペースが使われるのは初めてではないか。朝日新聞記者の胸をホッと撫で下ろしている様子が窺える。番記者たちは共謀罪の政治について本当は関心が高く、一つ一つの動きを細かく追いかけて、関係者の動静を見落とさずに状況を注視していたはずだが、それをそのまま記事で読者に伝えることは控えていたのだ。共謀罪報道を自主規制していた気配がある。それは政権の禁則に触れるからで、朝日新聞の場合、一昨年からのトラブルの後遺症も引きずって、NHK同様に安倍晋三の睨みの前で竦んでいたのだろう。現在の日本国内の最高権力者は安倍晋三で、特にマスコミは、新聞もテレビも安倍晋三に完璧に牛耳られている。で、その新聞報道によれば、昨日の採決が流れたのは、小沢一郎の一喝と麻生太郎の自失、そして政府と党執行部の不一致が原因と説明されている。

細田博之は法務委の審議が始まった頃から共謀罪の成立にアグレッシブな姿勢ではなかった。これが強行採決で突破できる代物ではないことを理解していたし、民主党と妥協する以外に成案はあり得ないことはよく承知していたはずだ。で、最後に民主党案の丸のみに出たのだが、根回し無しの突然の丸のみ対応に自民党内で批判の声が出て、民主党に採決拒否の口実を与えてしまった。関係者はほとんど全員がホッとしている。民主党も丸のみされたら立場を失って大変だったし、公明党は内心は継続審議に大賛成で、民主党が委員会欠席を決めた直後に、すぐに(嬉々として)細田博之に助け舟を出して、継続審議への既成事実を報道陣の前で固めた。臍を噛んでいるのは、私の見たところは二人だけで、すなわち小泉首相と安倍晋三である。が、新聞はこれで共謀罪は継続審議だと断定したが、昨夜のNHKの7時のニュースではそうではなく、単に今国会では成立が難しくなったというだけの表現だった。

これは、安倍晋三がまだ共謀罪の今国会成立を諦めていない証拠である。共謀罪については、今国会中でも二度ほど新聞記事で「成立不可能」「継続審議」の報が伝えられていて、特に5月19日の強行採決が流れた後は、情勢認識としては完全に継続審議が確定したものと受け止められていた。三法案の中でも、とりわけ共謀罪については国民の反対世論が強く、自民党の支持者でさえその新設を望んでいない。だから、一般認識では、三法案の中でいちばん簡単に通るのが教育基本法改正で、その次が(これも今国会会期中は無理だが)国民投票法案で、三番目が共謀罪という順序立てだった。誰もがそういう見通しでいて、そして小泉首相が国会の会期延長の否定を表明したために、三法案の全部が今国会では成立断念に至ったものと楽観していた。ところが、情勢が急転して一昨日の夕刻に民主党案丸のみの方針が急浮上、最も合意成案が難しそうな共謀罪を成立させるべく自民党が勝負に出たのである。

ここで考えなくてはいけないのは、何故これほど今の政治で共謀罪のプライオリティが高いのかということだ。反対世論が圧倒的で、公明党はおろか自民党の執行部さえも躊躇逡巡している共謀罪を、いったいなぜ安倍晋三と小泉首相は無理をして押し通そうとするのか。サミットへの手土産だと言うのだが、レトリックで済ますのではなく、実際の政治は何なのか。私は、これは米国が強くせっついているとしか考えられない。裏の年次報告書、つまりイニシアティブである。三年前に発効した国際組織犯罪防止条約の批准と、条約が義務づける共謀罪を国内法に新設することで、ブッシュ政権の神聖対テロ戦争の帝国陣営に武装入営することが求められていて、共謀罪への日本の足踏みは、米国から見て対テロ戦争参陣へのヘジテイトなのであり、陣営の士気と協調を乱す規律違反行為なのだ。ビジネスにおいて最近の米国人は日本人よりデュー(納期)にうるさい。目標を細かく設定して、項目ごとに進捗をチェックする。

目標管理がキツい。ショートタームで目標管理し、達成未達成を判別し、すぐにそれを成果と分配に反映させる。これは新自由主義の思想の基本的な特徴と傾向だ。私は、目の前の共謀罪の政治を見ながら、その背後に、どうしても米国のイニシアティブの属国経営とその目標管理を見て取ってしまう。そこには間違いなくイニシアティブの契機があるはずだ。共謀罪はイニシアティブであり、イニシアティブにアラインさせられているのである。米国政府が絶えず進捗を管理していて、法務委員会の与野党折衝の中身も英語に翻訳してトラックしているのだ。そして方針を伝達しているのである。丸のみも単に細田博之と武部勤だけの判断ではないと私は思う。何でもいいから早く成立させろと後ろから強い指示が出ている。あるいは、外務省をコントロールしている米国のカウンターパートと、自民党をドライブしている米国のカウンターパートと、米国側に二つのカウンターパートがいて、その二人の間での意思疎通に齟齬があったのかも知れない。

もし仮にそうであれば、米国は簡単には諦めない。デューにシビアだ。小泉首相に指示して、6月18日に会期末を予定している国会の会期を一週間延長しろと言い出す可能性もある。そして自民党のタカ派の連中は、青木幹雄ハウスの参議院議員も含めて、教育基本法改正も含めた重要法案成立のための会期延長にむしろ積極的な意向を見せている。執行部も同じだ。会期延長に反対なのは、残り任期を外遊のサマーバケーションで埋めて謳歌したい小泉首相だけである。自民党の連中は、本当は小泉首相の外遊ロンバケに不満なのである。会期を延長して法案を処理しろという態度が主流なのだ。そしてマスコミの人間、例えば嶌信彦でさえそう言っていた。丸のみは姑息だから、会期延長して審議を尽くして共謀罪を成立させろと言っていた。教育基本法も社会保険庁も、先送りせず今国会で全部やれと言っていた。嶌信彦の昨年からの思想転向には驚くし、まさにTBSの右傾化を象徴しているが、それは別としてマスコミは会期延長に賛成である。
ということは、情勢を総合的に考えると、共謀罪についても、もう一波があるかも知れない。会期延長はしなくても、一週間あれば参院の法務委を通すことは物理的に可能だろう。民主党と合意さえできればいい。条約義務履行認識に関する外務省の政府答弁が民主党の意に沿ったもの(禁錮・懲役五年超で整合・施行)に正確に変わり、そして臨時国会での修正(丸のみ吐き出し)はないと厳密に確約すれば、そこで民主党案の丸のみは成案を得る。昨年の郵政民営化で思い知った米国のイニシアティブ管理(日本改造と日本支配)の剛腕と恐怖を思えば、小泉首相のロンバケを覆して短縮させることくらい、米国はいとも簡単にできるのではないかと思ったりもするのだが。