
NHKの報道番組「日本の、これから」で米軍基地の特集がの三日間(6/8-6/10)放送された。情報は押さえなければと思いつつ、気分が憂鬱で、画面に正面から向き合えず、結局、二日目と三日目だけを覗き見るようにしただけだった。同じ番組で四月には「格差社会」が特集されていたが、こちらの方は見ていない。何か、死刑囚が死刑場面のビデオ録画を事前に予告で見せられるようで、どうにも平穏な精神状態で正視することができないのである。見たくないのだ。私の場合、特にテレビで夢のないものを見せられるのは苦手で、年金問題の政治討論などを聞いていても、外科の手術室に立ち会わされているようで不快になる。グロテスクな現実からはなるべく身を逃避させていたい。これがリアルな日本だと信じたくない。ので、6/10の土曜日も、大事な放送だったが最初から最後まで見られず、プロ野球にチャンネルを変えたり、W杯の開幕戦はまだかなとウロウロして、気を紛わしながら、恐る恐る指の間から見ていたというのが本当だった。

報道されている米軍再編と基地負担の中身も、そして生放送のスタジオの討論の映像も、私の常識や感性が許容する限度からあまりにも逸脱していて、底が抜けるほど次元が違いすぎて、思考が現実について行けない。全部あり得ない話だ。スタジオでは額賀福志郎が堂々たる語調で、今度の日米合意の政策の正当性を演説していた。その態度は、討論席に詰めかけていた沖縄の基地住民の心情を配慮しながら説得するものではなくて、NHKの電波を使い、全国の国民に向かって時間のかぎり政府の立場と判断を言い続け、生放送の時間のシェアを権力で横奪し、基地住民の訴えがカメラに入るのを阻む目的のものだった。NHKには形ばかりの低姿勢があり、沖縄の住民にも若干の反論の機会を与えていたが、額賀福志郎には彼らの声に耳を澄ます素振りは微塵もなく、こちらが呆気にとられるほど断絶的な対応だった。政府も変わった。米軍基地と日米同盟とに異論を唱える住民は本当に例外扱いで、もはや主人公扱いではないのだ。

私の目から見て、額賀福志郎はとても政府の代表ではなくて、極端に右寄りの立場の論客という感じで発言していたのだが、現在の日本は、官房長官も外務大臣も政府の主張がこれで通っている。基地の近くに住むのが嫌なら他へ引っ越せと言っているのだ。我慢するなら多少のカネを恵んでやると言っているのだ。新自由主義のリバタリアニズムの時代であり、格差社会の時代であり、自己責任の時代だから、住むところくらい自分で選べと言っているのである。十年間かけて北部振興策一千億円を沖縄にバラ撒き、県内移転反対派を完全に少数派に追い込んだ政治の自信が、額賀福志郎の余裕の表情に漲っていた。今の沖縄は、米兵による少女暴行事件があった頃の昔の沖縄ではない。沖縄は札束で転び、転向を遂げた。誰もが節を曲げて勢いのある多数派につく。正義と理想を簡単に裏切る。屈せずに最後まで闘った者が苦しめられる。札束で裏切る(賛成派による多数派工作の)辺野古の夜の住民集会の場面まで、ご丁寧に映像で見せていた。

番組を使って日米政府が発信したメッセージは二つあった。一つは米軍との一体化の正当化の論理であり、その中身は、世界最強の米軍とぴったり一体化すればするだけ、日本周辺にある日本の安全保障の脅威になる国々にとって、日本を攻撃することがそのまま米軍を攻撃することに繋がるから、日本への侵攻や威嚇を最初から考えないようになり、日本の安全保障は従来より強力かつ確実に守られるというものであった。もう一つのメッセージは、安全保障のサービスの享受供には対価が必要であり、米軍が再編によってジャパンの保護防衛を強化するのだから、ジャパンはそれに見合う応分の負担を支払う義務があるというものだった。どちらのロジックも論外で、脱力させられる議論だが、額賀福志郎は繰り返し大真面目に国論として言い、NHKはそれを反復させて国民の意識の中に「再編を受け入れる根拠」として刷り込んだ。討論席の半数ほどは、米軍基地があるから日本は守られていると答え、この再編と負担の論理に納得して頷いていた。

三兆円の移転費用についてはこれから法律を制定するという。年金の財源がないとか、医療や介護の負担を上げるとか、就学補助が削減されて子供が給食費に困ったり修学旅行に行けなくて悲しい思いとしているときに、それはどこかの途上国の話ではなくて、この日本の国の話なのに、三兆円のカネを米軍に差し上げてグアムに住宅を建設すると言う。米軍再編と基地負担に賛成している人々の理由は、中国と北朝鮮の軍事的脅威があるからということだった。討論席に中国の若い女性がいて、日本が中国を軍事的脅威だと決めつけるのは心外で、中国の方が日本の軍事力の増大を懸念していて、このまま米軍再編が進めば、さらにその脅威の増大に対して防衛能力を高めざるを得ないのだと反論していた。私は全く彼女と同意見で、日本のこの十年間の軍国主義の復活ほど中国にとって大きな脅威と不安はないと考えている。私が中国の国家主席でも、対日防衛能力の充実は国家の最重要課題だと判断するし、自衛隊に対抗できる防衛力整備のための軍備増強はやむを得ない。

何せ、半世紀前に侵略されて何百万人も虐殺されているのだから。日本の軍国主義に対する警戒と防衛を怠るようであれば、その政府は民衆に転覆させられるだろう。スタジオに来ていた斉藤貴男が、討論の前の二日間は完全に政府のプロパガンダで、三日目に少し反対派に何か言わせてガス抜きさせていると言っていた。実際にそのとおりだったが、NHK以外の民放では米軍再編の纏まった情報さえ知ることができない。NHKだから何とか沖縄の基地住民の声も聞ける。左翼の一部には竹中平蔵に加勢してNHK潰しのために受信料不払いを扇動している倒錯した者もいるが、公共放送を守って、公共放送を政府のものから国民のものにすることこそが重要なのではないのか。本当は受信料を払ってNHKを守ることを国民に呼びかけるべきなのだ。政治を変えればNHKは変わる。NHKが偏向しているのではなくて政治が偏向しているのである。NHKはトランスペアレントだ。政権を変えればいい。そうすればNHKは元どおりに戻る。政治を変えられない国民の側にこそ責任がある。
日米同盟前提、基地前提、日米軍事連携当然、負担増加は仕方ないが基調で、番組は最後まで憂鬱だったが、一つだけ一服の清涼剤があり、それは女優の東ちづるの正論の姿だった。去年は小泉チルドレンの候補になりかけた東ちづるが、こんなにまともな政治的感性の持ち主だったとは。素晴らしい。私の
護憲新党から参院選の候補者になってもらおう。