
今、一ヶ月後の総裁選よりも一年後の参院選の方が盛り上がっている。総裁選で安倍晋三の有力な対抗馬だった福田康夫がレースを降りてしまったため、政治ショーを見る観客が興味を失ってしまったことが一つある。もう一つは民主党の小沢一郎が精力的に動いて話題を切らさず提供し続けている努力があり、マスコミがそれを丹念にフォローしている事情がある。小沢一郎は民主党の政権交代を宣伝すると同時に来年の参院選そのものを宣伝している。政権交代のドラマとして脚色して、その政治に大衆の関心を引き寄せるべく予告宣伝をしているのである。民主党とマスコミの宣伝が効を奏して、われわれは参院選についてはすでに選挙戦が始まって、長い戦いの序盤戦を見ているような錯覚を感じさせられている。まるで米国の大統領選のようだ。昨夜は一人区の候補者選びで地方を行脚する小沢一郎の姿が
報道ステーションで特集されていた。鳥取へ、秋田へ。政治記者ならではの密着取材で、報道として非常に面白い内容に仕上がっていた。

秋田選挙区で自民党候補となる現職の
金田勝年には、そのバックに実力者の野呂田芳成がついている。
野呂田芳成は昨年の郵政選挙で法案に反対して自民党を除名されながら、自力で小選挙区を勝ち上がっていて、地域での影響力はきわめて大きい。その野呂田芳成に青木幹雄と小沢一郎の二人が接近して、来夏の参院選での支援を懇請しているのである。小沢一郎は野呂田芳成を味方につけて、金田勝年を民主党の公認候補にする豪腕作戦を目論んでいて、当の野呂田芳成が「小沢とはすでに都内で二回会って話をした」と正直に漏らしていた。青木幹雄は野呂田芳成に直に復党を打診したと言われている。鳥取では、同じく昨年の郵政解散で自民党を離党させられて落選した
川上義博に接触、民主党への入党を了承させ、参院選への出馬を要請している。地方の郵政造反組に手を突っ込み、彼らを民主党に引っ張り込んで一人区を制しようとしているのである。郵政造反組は小沢一郎と青木幹雄の二人から買われて価値が急騰している。

報道ステーションの特集は面白かったが、そこで考えたのは、政党って一体何だろうという問題と、庶民が政治を変えるには本当にどうすればいいのだろうという深刻で難解な問題だった。「政党は政権を取らなきゃ何の意味もない」。番組の中で小沢一郎と青木幹雄が言っていた台詞である。同じ言葉は
ブロガー同盟の仲間の一人からも言われた。「
政権取らなきゃ意味ないじゃない」。しかし本当にそうだろうか。政権交代主義の思想。これは二大政党制を正当化するイデオロギーであり、二大政党制への期待を一般に動機づけ、それを永続化させる観念装置である。と私は疑っている。そう言うときの私の中の根拠は、三十年前の日本の国会には抵抗野党とか万年野党とか言われる存在しかなかったけれど、そして社会党が自民党に代わって政権を取れるなどとは誰も思わなかったけれど、日本の政治は今よりずっとよかったし、今と較べて庶民が信頼と安心を持って見てられる政治があった。三木武夫や大平正芳や宇都宮徳馬や鯨岡兵輔や伊東正義がいた。

自民党支配と対決し政権の不正と暴走を抑止する勢力が国会に存在した。その監視の中で与党の政治家は仕事をしていた。国会の議場で携帯で遊んだり、閣僚が予算委で居眠りしたりしていただろうか。野党の質問に対して、あれだけ露骨に総理大臣が質問をはぐらかして議員と国民を愚弄したり、その態度不誠実を周囲が見逃したりということがあっただろうか。どう考えても三十年前の政治の方が健全な民主主義であるように
見える。国会は権威を持ち、議員は憲法に対して緊張感を持ち、国民代表たる立場に真摯な使命感を持っていた。私はここで二大政党制より多党制の方がいいと言いたいのではない。過去のノスタルジーに浸りたいのではない。一般庶民が安定した幸福な生活を送るためには、それなりの政治が必要だと言いたいだけであり、庶民の意思が正当に政治を監視する体制や環境が必要だと言いたいだけである。結論から言えば、私から見て、民主党は政党ではなく派閥である。大きな反主流派閥。自民党と民主党は政党として一つだ。

自民党と民主党は一つの政党で、民主党は政権を狙う反主流最大派閥で、政権を担っている主流派閥が自民党である。同じ政党だから一人の政治家が二つの間を気楽に出入り往来する。昨日まで自民党の議員だった人間が、落選して次を目指すときは民主党の公認候補になる。民主党の
県連副代表だった人間が、次の選挙は自民党が優勢だと判断した瞬間に自民党の公認候補になる。それで別にいいという政治になり世の中になっている。あの山口二郎の政治改革の後でそうなった。政党の言葉の意味を
辞書で引くと、「
政治上の主義・主張を同じくする者によって組織され、その主義・主張を実現するために政策の形成や権力の獲得、あるいは議会の運営などの活動を行う団体」とある。この定義が正確なものであるとするならば、自民党と民主党は名前だけを異にする同じ政党である。そうでなければ、あの各議員の自由往来を説明できないことになる。小沢一郎は自民党の幹事長だった。現在は民主党の代表だが、小沢一郎は転向して主義主張(政治理念・政治信条)を変えたのだろうか。

現在、民主党のHPの
トップページには、「
公正な社会、ともに生きる国へ」とある。共生社会という言葉は書かれていないものの、キャッチフレーズから受ける印象としては格差社会を是正しようとする政治姿勢が感じられる。格差に苦しむ庶民はこの標語に期待を抱くだろう。が、もしあの偽メール事件がなく、
前原誠司が党代表を続けていたら、ホームページのコピーワードはどうなっていただろうか。きっと「公正な社会」だの「ともに生きる」だのの言葉は掲げられなかっただろう。新自由主義の改革競争でスピードで自民党に勝つのが前原誠司の主義主張だったから。前原誠司が代表だったのは僅か四ヶ月前のことで、民主党を構成する政治家(人間)が変わったわけではない。同じ人間が一年前の代表選で前原誠司に票を入れ、四ヶ月前の代表選で小沢一郎に票を投じている。その事実を見たとき、HPの標語の「ともに生きる」は一体どのような形で具体化することになるのだろう。この標語は有権者の票を(左翼二党から)取るための「釣り」ではないのか。

まだ詳細な資料は見てないが、私は特にここ数年間の民主党の労働政策がどうだったかに関心がある。経済評論家の
内橋克人は、小泉構造改革における雇用と労働の規制緩和策の中で「03年改正における差別的派遣労働の全面解禁」と「製造業への派遣労働の解禁断行」がその核心的なものだったと指摘している。その法改正が国会に上程され審議されたとき、果たして民主党はどのように対応したのか。宮内義彦が竹中平蔵とともに権力を振るってきた労働法制の規制緩和の場面において、民主党は一体何をしてきたのだろうか。宮内義彦と竹中平蔵の新自由主義と対決してきたのか。それとも二人の新自由主義ではスピードが遅すぎるから、もっと強くアクセルを踏み込めと言ってきたのか。その事実が知りたい。昨年の郵政民営化のときは、選挙が始まった途端に、自民党より百倍過激な人員整理策を掲げて旧全逓を蒼然とさせ、国民をシラけさせた。民主党は政権が取れると思ったら、右でも左でも、新自由主義でも社民主義でも、何でもいいのである。

それでも、山口二郎的な「
民主党は左に寄れ」を、裏切られても裏切られても、騙されても騙されても、何度でも現実的に(!)模索し続けるのが、庶民に残された唯一の民主主義と権利実現のオポチュニティなのだろうか。二大政党制というのは何と庶民に残酷な政治システムなのだろう。民主党が本当に「ともに生きる」社会を目指すと言うのなら、それを単に参院選用の看板標語にしてイメージを振りまくのではなく、労働政策で規制緩和前の雇用再建の政策や法案を国会に提出して、宮内義彦と竹中平蔵が労働者の雇用を破壊する前の原状に回帰させる路線を訴え、新自由主義とは決別した姿を庶民の前に示すべきだろう。労働政策はまさにその政党がどのような社会を目指しているかをあらわすリトマス紙だ。経団連や同友会から
政治献金を受ける政党が「ともに生きる」労働政策を打ち出せるとは私には思えない。何故なら、宮内義彦と竹中平蔵のニート・フリーター政策の体制化は、経営者にとっては神聖な既得権であり、富の源泉なのだから。