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by thessalonike4
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カッシーニに捧ぐ - 玉座の階にあれ、絶えて真理を裏切らざれ
b0087409_14193647.jpgカッシーニには抜群の政治的センスがあった。一年間、人を探して得られなかったのは事実だけれど、センス抜群の人間を二人だけ発見したのは本当で、その一人は来年の参院選挙に立候補する。反小泉ブロガー同盟はネット運動ではあったが、まぎれもなく本格的な政治運動であり、政治運動を試みるのは私は最初の体験だった。自信はなく、失敗のリスクのみが大きく、軽々に始められる事ではなかった。だが、誰かが始めなければならない。誰かが吉田松陰にならなければならない。決して大袈裟な表現ではなく、壮絶な覚悟で挑戦を始めた。チャレンジに踏み切る決心ができたのは、この二つのブログの存在に勇気づけられたからである。こういう素晴らしい人間が二人もいるのだから、勇気を出して運動を始めれば、もっと人材が集まるかも知れないと考えたのだ。結果的にその考えは甘かった。ブログが世の中のブームになって二年になるが、初期に立ち上げたブログほど内容がある。後発のブロガーほど中身が無い。ビジネスと同じで、センスのいい人間は他に先行してトライを始める。



b0087409_13535478.jpgカッシーニの魅力はその人間にある。記事が隠されたので掘り出せないが、記憶ではカッシーニは北海道の生まれ育ちだと書かれていた。日本で人を育てるのなら北海道にかぎる。今度生まれ変わったら、仕事場は絶対に北海道に求めて、子どもは北海道の大地で育てたい。自然のある場所で育った人間は違う。それは、リアルに接触して感じるよりも、ネットのようなバーチャルな空間で接したときに、特別に強く感得させられる真実だった。北海道の人間はネットの中での立ち居振る舞いが他と違う。純朴で歪みがなく、精神がきれいで、その人間性に魅力を感じさせられる経験が多い。北海道で生まれ育って京都で成人後の人生を送る。日本人の生き方として、エリアの観点から見たとき、これはベストな人生だと言えるのではないか。カッシーニの初期の記事で親戚が集まった席での論議の話があり、読みながら可笑しくて笑ってしまったが、北海道の大空と大地の感触があって愉快な気分にさせられた。北海道の空は本当に大きい。頭の上に大きく広がる。一つの空が圧倒的に大きい。

b0087409_1354648.jpg京都はいい町で、今もいいけれど昔はもっとよかった。同志社が田辺に出て行く前がよかった。末川博が憲法を講義しに広小路まで市電に乗って行く頃が最高だったかも知れない。当時、大雑把に人口百万の京都市に十万人の学生が住んでいて、すなわち総人口の一割が学生で、京都市の経済は隅々まで学生のアルバイト労働力で支えられていた。食堂で食べるのも作るのも学生、居酒屋でビールを飲むのも運ぶのも学生、土産物屋の小売も学生、和菓子屋で菓子を作るのも学生、寺を観光案内するのも学生。アルバイト労働力ではあったが、京都のサービス業には千年の歴史があり、千年間、都大路のおのぼりさんをもてなしあしらってきたノウハウの蓄積があり、伝統が育む業なのか、その労働力のクォリティは決して低劣なものではなかった。学生は四年間で出入りする。千年間の歴史のサービス業と四年間の若いアルバイト労働力、その組み合わせが絶妙の経済文化を形作っていた。観光テーマパークとして徒に肥大化した現在の京都でも、微かにその経済文化の面影を見ることができる。

b0087409_14141530.jpgカッシーニは本格的な政治家になるだろう。まだ27歳、底知れぬ可能性があり、あの類まれな資質に経験と理論が備わったら、どこまで大物に化けるか想像もできない。今でも十分に国会議員をこなせる。共産党は次の衆院選でカッシーニを一区の候補者として立てる事を真面目に検討するべきだ。政治のプロならカッシーニの能力を簡単に判別できるだろう。若いカッシーニは普通の人間の二十倍ほど重いものを背中に背負って生きている。カッシーニが生きる時間の一分一秒は、われわれのそれより二十倍ほど密度が濃く質量が重い。そのヘビーな時間と空間の中で、果敢に華麗にチャレンジを試みたカッシーニは立派だった。目的としたものにカッシーニが接近できた感触を持ったのかどうか不明だが、政治の出来事として稀有であり見事な一年間だったと私は評価する。他の人間には絶対に真似ができない。カッシーニのブログには今の共産党の息遣いがよく感じられた。共産党系のブログは多いが、内在的に読んで行けるブログはカッシーニだけが提供していた。その点で傑出している。

b0087409_13543748.jpg九条の会についても、カッシーニの情報発信だけが真実を伝えているように私には思われた。例の「青年の方でも九条の会を作ったら」と言われた話などは実に興味深い政治の一面を示していた。九条の会の関係のブログは多いが、真実を読者に伝えているものはない。カッシーニを見ていると、日本の政治にも希望があるように感じられた。別に党派はどこでもよいが、民主党でも公明党でもよいが、カッシーニのような弾む可能性を見せてくれる若い日本人が、あと何人か目の前に現れて欲しかった。が、それはないのである。物理的に無いものは無い。一年間の経験でそのことが理解できた。あの重さを背負って挑戦に飛ぶことのできる超人はいない。そしてこの世界には、一般論ではあるが、飛ぼうとする者の足を引っ張る者ばかり多く、華麗に飛ぶ姿を見せれば、それに向かって嫉妬と劣情で石を投げる人間ばかりが多い。私が組織の幹部なら、カッシーニを支援し演出するプロジェクトを作る事を考えただろうし、そういうものが実際に動いていて、成功物語をドラマにして見せるのではないかと期待していた。

重いものを持ち上げるのは本当に大変なことだ。持ち上げて見せた快挙には拍手のみを送るべきだ。持ち上げたことのない人間にはその重さや苦しさは分からない。カッシーニの雄姿を再び目にすることのできる日を楽しみにしている。能うかぎり善をなせ、何にも優りて不羈を重んじよ、たとえ玉座の階にあれ、絶えて真理を裏切らざれ。

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by thessalonike4 | 2006-08-10 23:30 | オー・マイ・カッシーニ
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