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長州 - コンデンスミルク、国民皆兵、責任内閣制、書生気質
b0087409_1402945.jpg山口市が長門なのか周防なのか、疑問のままこれまでずっと放置してきて、今回ようやく思い立って調べると、国境付近ではあるが周防国の側だった。長門国ではないかという予断があったのは、一つは防長二州を薩隅二州に擬して捉えてしまう観念のなせる業で、長州という言葉にも影響されるのか、どうしても長門を主とし周防を従とする思考が先行する。辞書で引くと長州は長門国の異称とあるが、実のところは防長二州の略称と考えた方がいい。この二国は歴史の中でアイデンティティが統合されて、二国の区別が殆どなくなった。こういう例は他にあまりないように思われる。例えばお隣りの島根県は石見国と出雲国の二国が一県になった例の一つだが、両地域の言語、血統、風俗、習慣の異質性、いわゆるエスニシティの差異性は現在でも人々の間で意識され議論されている。山口県は島根県とは様子が異なるようで、それは歴史の中で二国の差異が融解され、一国に統合されてきたからだろう。地理的にも二国を分割する山脈や河川が見当たらず、古代人が二国の個性をどのように認識していたのか、逆にそちらの方に興味が向かう。



b0087409_1404142.jpg二国が一国になったのは中世室町期からで、大内氏が二国を平定して山口に首都を置き、「西の京」の街づくりをして文化を繁栄させたことが大きい。二国の中心に立地する山口が首都となったことが統合の重要な推進軸になった。その防長二国の領地に、関が原の後、毛利氏が封じ込められる。秀吉が天下統一をする前、戦国期に勢力を伸ばした毛利帝国の最大版図は中国地方十カ国に及び、その石高は百万石を超えていた。毛利長州藩の石高は三十九万石。広島を本拠としていた毛利の家臣団は、家禄を三分の一に減らされる不遇を甘んじて受け、お殿様に付き従って防長二国に入る。長州藩では武士は当然のように百姓をし、この特別な階級事情が後の奇兵隊創出(長州独特の国民皆兵)の思想的基盤になる。これまで何人か広島出身の人と出会ってきたが、自らのアイデンティティを長州(革命長州)に求めている人間が少なからずいた。自分を毛利の末裔と考え、毛利の末裔という点において内面は長州人なのである。広島は現在は大都市で中国地方の中心地だが、江戸期には歴史らしい歴史がなく、真空地帯の感がある。

b0087409_1484090.jpg長州に人材が多く出るのは、この毛利の防長封印と家臣団の集団移住の歴史に根源があり、人材がコンデンスミルクのように濃縮されていたからだという議論、そのコンデンスミルクがフランス革命的な国民皆兵(近代国家)の基礎だという議論、そして長州藩に典型的な責任内閣制(君臨スレドモ統治セズ)の議論、これらはいわゆる司馬史観の重要な一般理論であり、現代日本人において必須の教養である。この教養は高等教育に至るまで学校では教えてもらえない。社会に出てから読書や酒席で身につける。コンデンスミルク論の説得力は、こうした出身人物一覧表を眺めても大いに納得できるもので、明治から昭和にかけての人物の多さに驚き呆れる。政治や軍事だけでなく文学や芸術の分野にも多く輩出している。「街道をゆく」を読むと、あまたいる人物の中で、吉田松陰や乃木希典と並んで、河上肇と末川博と奈良本辰也の三人がピックアップされている。末川博は河上肇の義弟であり、奈良本辰也は周防大島の出身だが、三人は岩国中学(現県立岩国高校)の卒業生である。最近ブログで話題になる平岡秀夫は奈良本辰也の後輩になる。

b0087409_141261.jpg河上肇と末川博について言えば、私の中の京都のイメージを形作っているのはまさにこの二人で、河上肇が比叡山を仰ぎ見ながら漢詩の句を推敲したり、末川博が市電に乗って河原町通を広小路に講義しに行く姿が、私の中にある京都の町の情景そのものだったが、この二人は岩国の出身だった(末川博は玖珂町)。人物が多い。が、山口県がその長い歴史の中でたった一人の人物を挙げるとなると、ここにもあるように松陰が選ばれる。山口県で第一の人物は松陰であり、松陰に並ぶ者はいない。「街道をゆく(長州路)」の中でも次のような逸話が登場する。「まあ、このあたりでは吉田松陰先生とはいわないんでございますか」と、逆に質問されてしまった。私は驚きが倍になってしまい、「すると、あれですか、長州で先生とつくのはたれとたれでしょう」ときいてみた。叔母さんはくびをかしげて、高杉晋作・・・とつぶやき、アア高杉晋作は高杉晋作ですね、とぶつぶつ言いつつその他の名前もいくつか発声してみてから、ハッと顔をあげて、「はい、やはり吉田松陰先生だけでございます」と大まじめで答えた。(朝日文庫 P.186-187)

b0087409_1411314.jpg29歳の若さで刑死した犯罪者だが、この人物が山口県第一の人物であることを疑う者はいない。鹿児島県であれば西郷隆盛、高知県であれば坂本龍馬、愛媛県であれば正岡子規、大分県であれば福沢諭吉。譲れない象徴的人物、県民の誇りとアイデンティティの中核に位置する絶対的存在がある。思えばいろいろな偶然が重なった感がするが、私はあの小説の題名が気に入って、革命的情熱とは裏腹の静謐と諦観の世界、武士の死生観をあらわしたタイトリングが気に入って、ネットで作品を興すときはこれを使おうとずっと考えていた。長州藩書生論も司馬史観の一般論の一つで、要するに長州の人間は書生のように絶えず百家争鳴しているという話だが、これは特に薩摩との比較で言われ、高杉晋作が代表的な人格類型として挙げられる。果たしてそうかなと思っていたが、実際に接した人間の中にやはりそういう人物がいた。書生的に議論をする。社会人になっても学生時代の原点に戻って、仕事の現場でそれをする。顔が思い浮かんでいるが、具体的な事は憚られるのでここでは書けない。長州人らしい男だった。元気にやっているだろうか。

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by thessalonike4 | 2006-08-21 23:30 | オー・マイ・カッシーニ
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