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細野豪志」のキーワード検索での来訪者が急増し、昨夜から現在まで約七百件に達している。この議員はブログとは関係が浅くなく、偽メール事件の際に
公開質問状を届けさせていただき、返事を頂戴できないので何度もTBでリマインダを送った経緯がある。今度は、議員自身が不倫醜聞を写真週刊誌にスクープされた。テレビではさほど大きく報道されていないが、スポーツ新聞では各紙が精力的に取り上げていて、ネットの一部でも騒ぎが広がっている。臨時国会が始まり、体制一新した強力な自民党と対決し、三週間後の補選で勝たなければいけないこの時期に、政調会長代理に就任した幹部の醜聞とは一体どういうことなのか。民主党は
公式には何も釈明していない。議員個人が報道機関にFAXを送って反省表明しているだけだ。その内容は「
私の不徳の致すところであり、深く反省しております。今後は信頼を取り戻すべく、国政に全力を尽くす所存であります」で、要するに居直りコメントである。これで問題が収拾されるのだろうか。民主党は一刻も早く細野豪志の役職を解くべきで、役員辞任の辞表を提出させて責任を明確にするべきである。

今がどういう時期か。大阪の補選で負けてもいいのか。この醜聞は党勢の逆風になる。半年前に
書いたが、民主党は女性からの支持が少ない。この点は重大な問題で、民主党はそれへの対応に本腰を入れ始めたのか、参院選の候補者選びでは全国で女性候補の公認が
ニュースになった。このことは悪くない。報道されているとおり、安倍内閣の支持率の中身は男女で大きく違っていて、
日経新聞の世論調査では男性が68%、女性は73%の数字となっている。女性の支持が高い。本来的に女性の支持が低い民主党が、それを挽回すべく態勢整備しようとしていた矢先に、女性に滅法強い安倍政権が誕生し、そして今回の醜聞事件が発生した。三週間後には補選がある。自民党はこの醜聞を選挙に利用するだろうし、その動きはすでに始まっている。昨年の衆院選の直後から民主党の国会議員には不祥事がずっと続いていた。
小林憲司の覚せい剤所持使用事件(05/09)、
西村真悟の弁護士法違反事件(05/11)、
五島正規の政策秘書買収事件(05/12)、
木俣佳丈のホステス暴行傷害事件(06/01)、そして永田寿康の偽メール事件(06/02)。

それが、4月の小沢一郎の党代表就任を転機にして、ようやく立ち直りの兆しを見せていた。幹部の細野豪志による今回の一件で、また当時の緊張感の無い民主党の姿を思い出した。振り出しに戻った感があり、裏切られた思いがする。テレビに頻繁に出演してチヤホヤされていた細野豪志は、自分の事を芸能界のタレントのように考えていたのだろうし、今でもその気分が抜けないのだろう。若い芸能人だから醜聞の一つや二つは当然だと内心思っているのだろう。民主党の置かれた立場や状況をどう考えていたのか。脇が甘いなどという軽い言葉で済む問題とは思えない。党は細野豪志を厳正に処分すべきだ。同じ醜態を何度も晒してはいけない。本当なら、代表の交替があったとき、細野豪志は役員室長を続けられる身ではなかった。新代表になった小沢一郎が奇妙な人事をやり、前原誠司以外の者の役職をそのまま続けさせ、偽メール事件に深く絡んでいた細野豪志の責任もあっさり見逃された。私はこの人事に納得していないし、多くの国民も同じだろう。偽メール事件については党として何も解明することなく、説明せず、永田寿康の議員辞職だけで蓋を閉めた。

幹事長代理だった
玄葉光一郎も、偽メール事件(事件そのものよりもその後の揉み消し工作)に深く関わった責任者だったが、この男は潔く職を辞して、現在までマスコミの表舞台には顔を出さず謹慎生活を守っている。偽メール事件の後も平然とテレビに出て舌を回している細野豪志の厚顔無恥や、事件最大の責任者でありながら僅か三ヶ月でテレビ出演を解禁した前原誠司の羞恥心の無さには呆れるが、半年とはいえ、華やかな表舞台から身を隠して人前を憚っている玄葉光一郎の姿勢に好感が持てる。あと二年ほど雌伏して、禊を済ませて政治の表舞台に戻って来ればいい。野田佳彦や前原誠司にチャンスを与える必要は毫も感じないが、玄葉光一郎には復活の機会を与えてもよい。政治家にとって最も大事なことは責任をとることだ。国民は偽メール事件を忘れてはいない。忌わしい記憶は簡単に甦る。だから民主党の議員は常に襟を正して、不正や醜聞のないように身を処して、緊張感を失わず、偽メール事件で失った国民の信頼を回復しなければならないはずである。民主党の中で綱紀粛正という言葉を真剣に考える人間はいないのだろうか。

私には懸念があって、あの偽メール事件が、例えば平沢勝栄の手で参院選の前に蒸し返されるのではないかという危惧である。曖昧な決着で蓋をしたから、その気になれば自民党はいつでも突っつくことができる。問題の
西澤孝は最後まで表に登場しなかった。「あれは実は」「前原と野田が」と真相を暴露することはいつでもできる。自民党が身柄を押さえて、億単位の金を積んで西澤孝の一生を買収してしまえば、西澤孝は何だって喋れるだろう。それが民主党に打撃を与えるものなら、戦略的には最も効果の高い選挙の前に騒動を起こせばいい。そこにさらに永田寿康の身柄まで押さえられて、二人でコトの真相を暴露し始めたらどうなるのか。民主党は防戦できるのか。今度の細野豪志の醜聞の一件は、8月末に掴んだ情報を一ヶ月間寝かせておいて、臨時国会と補選のタイミングを選んで出してきた。写真週刊誌の事業の論理に止まらない政治の陰謀の影がある。であるとすれば、民主党は選挙に勝つために、この醜聞事件に有効な対処をしなければいけない。補選で一票でも多く取れる選択をしなければならない。女性票に訴える処置を判断しなければならない。
細野豪志は民主党に迷惑をかけた責任をとって、政治家として自ら出所進退を明らかにすべきだ。見苦しかった永田寿康の二の舞はするな。
私は不倫の善悪を言っているのではなく、また、政治家は不倫をすべきではないと説諭しているわけでもない。現在の民主党が置かれた厳しい状況の中で、党幹部の細野豪志の軽率な行為が政治的にどのような影響や結果を招くかを言い、そのことを民主党が組織としてどう判断すべきかを論じているのである。もし仮に、民主党が細野豪志の今回の行為について不問に付し、個人の自由だから党は関与しないという判断と対応で済ませたら、細野豪志も、それ以外の民主党の幹部も、これから幹部になる者も、同じ行為を何度やっても何も責任追及されないということになる。けれども、この細野豪志の軽率な行為は、事実として、確実に民主党への支持や信頼や期待を減らしていて、敵である自民党に選挙に有利な材料を与えている。民主党を不利な状況に追い込んでいる。この不祥事がどれほど「個人の自由」の問題であっても、結果として、民主党の党員やサポーターに与えている打撃や損害は小さくないのである。
自民党が民主党を攻撃する際の常套句の一つが、「民主党は責任政党ではない」という主張である。政治的な攻撃手法としての「無責任表象」の押し被せであり、印象操作だが、そうした民主党の無責任表象が一般の内面の中で醸成されやすい理由として、単に政策的な無責任性(裏返せば飛躍性・隔絶性・革新性だが)だけでなく、こうした民主党議員の不祥事の頻発の事実がある。そしてまた、不祥事に対する党の不干渉や無関心がある。不祥事に対して党内に緊張感が無いから、だから不祥事を断ち切れない。「まあいいや」で簡単に済ますから、だから醜聞の原因が発生する。自己を無責任化してしまう。民主党の人間で、心ある者は、もっとこの問題にナーバスになるべきだ。自らの政策や理念にプラスシンボルとしての責任表象を説得しようとするのなら、私生活を含めた全般において、民主党は「責任的」でなければならない。