
9割の閣僚を残留させた無改造内閣を「背水の陣内閣」と呼ぶのは言語矛盾ではないか。
背水の陣とは、もう後がないという意味で、すなわち最後の最後の決死の陣形という意味である。福田首相が今国会の攻防を一歩も後に引けない絶体絶命の政治戦場だと認識し、その戦いに勝利するために知恵を絞りぬいた陣形を布くと言うのなら、前司令官の幕僚をそのまま起用配置するというのは明らかに論理的に矛盾している。本当にその戦いが生死を賭けた攻防であるなら、自分が考える戦略に応じた最適最高のスタッフをキャビネットに揃えるべきだろう。それが安倍晋三が起用したスタッフと同じになるわけがない。一部のマスコミは、今度の内閣は暫時的なもので、暮れに本格的な改造があるなどと訳のわからないことを衒いもなく言いのけている。それなら「背水の陣内閣」という表現は不適当だろうし、その言葉を呼び名に使うのは矛盾しているではないか。

今度の組閣は冗談のようなものである。あれだけ総裁選で大騒ぎし、連日連夜テレビに出まくって、自民党の「刷新」と「再生」を宣伝しながら、蓋を開けてみれば、閣僚名簿は9割残留で、安倍内閣と何も変わらず、どこにも刷新や出直しの契機はない。総裁選の狂躁で踊らされた自民党支持者たちも脱力して溜息をついているだろう。泰山鳴動してネズミ一匹とはまさにこのことだ。実のところ、福田首相は何も考えていないのだ。この人事を見て、福田首相の政治指導者としての意欲や野心を感じた自民党支持者はいるだろうか。彼には目標とする政治理念や政治課題が
ないのである。アジェンダがないのだ。総理大臣になって何を実現する、どのように日本を変えるという目的意識がない。だから閣僚選びの基準もなく、必要とする能力を探す動機もない。今度の9割残留内閣の意外は、安倍晋三の政権投げ出しと同じほど無責任な行為のように私には見える。

田中真紀子が「
あの人は追い込まれて途中で投げ出すでしょうよ」と吐き捨てるように言っていたが、私も同じ見方をしている。福田首相は、国会開会中で混乱を避けるために改造の規模を最小限にしたのだと言い訳しているが、これは二重の意味でのエクスキューズである。つまり、後で政権を投げ出すときのための言い訳である。急場凌ぎの政権発足で、前内閣の資産と負債をそのまま継承しなければならなかったから、自分の思いどおりにやれなかった。そういう言い訳を布石しているのである。それなら、もの分りのいいマスコミが「福田政権の挫折」に十分同情してくれる。そういう判断に違いない。私は
前の記事で、森喜朗と青木幹雄は次の首相を町村信孝と決めていて、衆院選で自民党が勝てる勝機を狙って町村信孝を神輿に担いで解散に出る腹だと予想していたが、今回の閣僚名簿を見ると、何やら諦めのムードと言うか、下野の準備を始めている雰囲気すら感じられる。

今回の15閣僚残留の珍事が福田康夫の本来の意思によるものだとは私には到底思えない。もう少し別のプランがあり、森喜朗や青木幹雄と折衝しているうちに、混乱して面倒臭くなったから、どうでもいいや、そのままにしちまえと放り出したに違いない。戦略や計算があった上での組閣(残留)ではなく、皮肉をこめたブラックユーモアの気分で放った逆サプライズなのである。マーケティングの碩学である
村田昭治が、講義で「
人事こそ最大の戦略である」と言っていたのを覚えている。村田経営学に従えば、今回の福田首相の組閣は人事の欠如であり、戦略の欠如である。トップは戦略を人事によって実現する。指導者として手を打つべき戦略機会を逸したことは組織の損失であり、その意味で福田首相は無責任と言える。わずかに戦略らしい戦略と言えば、石破茂を防衛相に据えたことだけであり、これは給油新法の国会論戦を睨んだ配置として理解できる。残留人事は内閣支持率に決してよい影響を及ぼさないだろう。

それから、昨夜の
記者会見を聞きながら、私は福田首相が「改革」という言葉を何度使うか、どういう表現や強調をするか注意して聞いていたが、最後の方で政策方針の締めくくりの際に一度だけ言ったのを聞き取れただけだった。総裁選のときからそうだったが、福田首相は「改革」という言葉をあまり前面に出さないように配慮している様子が窺える。さりとて「改革」に対して消極的な姿勢も見せないようにという配慮も示していて、「改革」という標語に対して神経質で巧妙な言い回しを心がけているように見えた。従来なら、「全力を挙げて改革を進めて参ります」と言っていたところが、「全力を挙げて政策を進めて参ります」に変わっていた。トークやスピーチの中で「改革」という言葉が入るところが「政策」という無難な言葉に置き換わっている。その反面、
新自由主義とか
市場原理主義と言うべきところを
経済合理主義と巧妙に置き換えているが。いずれにせよ、「
改革」は、最早、小泉政権や安倍政権のときのようなギラギラしたエネルギーを失っている。
改革の言葉は、水戸黄門の印籠のような強力なシンボルではなくなった。絶対的な錦の御旗ではなくなった。
改革はフェイドアウトしている。それから、首相補佐官の中で中山恭子と山谷えり子は再任されたが、広報担当の世耕弘成は再任されなかった。
これも見逃せないポイントだろう。
世耕日記にも以前のような快活さと饒舌さがない。