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by thessalonike4
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無料広告運動のアイディア - ブログの情報価値と価値形態
b0087409_15493779.jpgブログでの無料広告の提案を述べたい。前の記事で、民放のテレビ番組を見ていて、CMの時間になると、反射的にNHKのチャンネルに退避行動を起こすという話を紹介した。正直に告白すると、実はNHK以上にネットに逃避している場合が多い。リビングのテレビと部屋のPCの間は物理的に距離があるが、それはどうやら自分自身にとって煩わしさの範疇に入らないようで、平気で何度も往復を繰り返している。ニュースポータルを眺めたり、ブログの過去記事を校正したりしている。校正が推敲に及ぶ場合が少なくなく、そうなるとCMの時間を過ぎて番組が始まるが、それでもお構いなしにネットに張り付いている。どうせ古館伊知郎のニュース番組など見ても、ストレスが溜まるだけで、寛ぎとか癒しの効用には全くならず、経済学が言うところの「労働力の再生産」を実現する消費過程、すなわち精神と身体の再生過程にはならないのだ。



b0087409_15495113.jpgネットの中に特に面白い情報要素があるわけではないけれど、テレビ番組のフラストレーションに較べれば、まだ「時間を潰す」滞在価値があり、結果的に二者択一の生活行動においてネットの前に座っている時間比重が多くなっている。消費者としての私の行動はそうなっている。だから、生活者のニーズとしてYAHOOよりも速くて充実したニュースポータルを求め、知識と教養を提供してくれるブログジャーナリズムを求め、芸術的センスや文学的才能やテクノロジの要素のある魅力的なブログの出現を求めているのである。こうした生活態様は、一昔前の言葉で言えば「ネット中毒」に近いのかも知れないが、恐らく、現在は私のような習性を日常としている情報生活者が確実に増えていることだろう。ネットの情報価値が増え高まっているわけではないが、テレビの情報価値が激しく暴落しているのである。NHKの一部の優良番組を除いて。

b0087409_15502168.jpgテレビ報道(古館伊知郎のような)と付き合うことは真に苦痛の受容である。昔、バブルの頃に「カウチポテト」というライフルタイルの議論が流行したことがある。今の民放テレビの番組では「カウチ」にならず、むしろ全体主義国家の強制収容所で精神的拷問を受けているに等しい。そういう意味では、ネットの方が生活者にカウチ的空間を提供してくれる癒し装置と言える。テレビのニュースはストリーミングだから苦痛でも我慢して聞かなくてはならないが、ネットのページはマウスのクリックですぐに消すことができる。ネットは生活者にとってわがままがきく媒体であり、わがままがきくということはルーズが許されるということである。好きなだけ選択の自由がある。昔は、テレビはふんぞり返って見るもので、PCは逆に前かがみになって緊張して見なければならない媒体だと特性対比されてきた。広告代理店のメディア論の中で両者はそのように位置づけられてきた。

b0087409_1550568.jpgしかし、生活の現実は、その媒体ポジショニング分析を過去のものに変えている。主観的にはテレビの方が強制度が強く、ネットの方が自由度が高い。自由気楽な「カウチ空間」の中で、後は自分にとって価値と意味のある情報が増えればいいだけのことだ。前置きが長くなったが、価値のある情報がもっとネットの中に増えるためには、ネットの中に価値形態が流通すればいいという提案である。つまり貨幣。商品広告の投下量が従来のテレビ・新聞からネットに移って行くのは必然である。そしてテレビのコンテンツは、新聞のコンテンツも同じだが、価値形態のバックアップによって生産されている。視聴者にとってはテレビ番組も再生産過程の趣味や暇潰しの対象であり、ブログ情報も経済学的な観点から見れば基本的に同じ性格の社会的存在である。であれば、そこに商品広告が積極的に入り、貨幣流通によってブログに経済価値を現象化させてもよいのではないか。

b0087409_15505033.jpgジャスト・アイディアだが、そのマーケティング運動をブログで実験してみようかと思っている。具体的には、ブログの左右カラムのスペースを汎用広告ボックスとして企業や団体に開放し、商品宣伝や情報告知に利用してもらう。料金は取らない。無料でやる。新刊本や新刊誌の宣伝でもいい。映画や演劇や演奏会の開催案内でもいい。新店舗の開店特売情報でもいい。NPOの集会の告知でもいい。企業や団体のアンケート調査でもいい。カラム左右に幅150ピクセル・高さ200ピクセルのスペースを設置して、そこで宣伝情報を流す。確かに『世に倦む日日』は、大新聞やテレビ局とは同じ政治的立場に立っておらず、保守色が著しく弱い。それは事実だ。しかし、前回の参院選を見ても、国民の多数は自公政権に反対の投票をしたのであり、国民とは商品を購買する消費者に他ならない。企業はその事実をよく了解すべきで、国民がニーズしている政治社会情報は保守的立場からのものだけではない。

料金は取らない。無料で広告スペースを開放する。アイディアに乗ってみようかと思われる方はご連絡をいただきたい。それから、この無料広告運動に賛同されるブロガーは、自身のブログで私の真似をしてもらえればいい。趣旨は価値を旧媒体からネットに移すことにある。理念に賛同していただきたい。まずはブロガーの方から動いて、新システムの原型を作ることが大事だ。打倒電通の経済運動、チャレンジしてみよう。

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by thessalonike4 | 2007-10-08 23:30 | ネット市民社会
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