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by thessalonike4
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小沢一郎の政治実績とイデオロギー表象 - 観念倒錯の由来
b0087409_14312762.jpg民主党の代表がなぜ小沢一郎でなければいけないのか、なぜ他の政治家では駄目なのか。いわゆる小沢信者の中には、政治のイロハを全く理解できてないプリミティブなレベルの人間が多いけれど、そうではなくて、これまでの日本政治の経験や現実の状況を配慮し熟考した上で、敢えて小沢一郎以外に民主党の代表として期待を託せる人物はいないと考えている者もいるだろう。その動機の中身や判断の根拠は何だろうか。その一つの解として挙げられるのが、イデオロギーのバランスの問題ではないかと私には思われる。具体的に言えば、代表の小沢一郎が失態を演じて辞表を出したのだから、当然、代表代行である菅直人が党首の職を引き継ぎ、国会閉幕後に代表選をやればよいはずである。そもそも代表代行とはそういうポストだし、菅直人は昨年の代表選にも立候補して小沢一郎と党首の座を争った党内No.2の実力者である。



b0087409_14313963.jpg普通の組織だとそのような動きになるのだが、「小沢さん辞めないで」を絶叫している者たちによれば、菅直人では小沢一郎の代わりにはならないのだと言う。その理由は、菅直人では左に寄り過ぎていて、選挙で農村部の保守票を小沢一郎ほど集票できず、そしてまた、左右寄せ集め集団である民主党の党内を纏める中心点に立てないからだと言う。つまりイデオロギーの問題が大きいという認識であり、菅直人ではイデオロギー的に失格らしい。民主党代表はイデオロギーマップの座標軸の中心に立地する政治家でなければならず、菅直人のポジショニングは中心より左側に寄り過ぎていると言うのである。こういう不安心理の故に小沢一郎の代表継続を支持している人間が相当に多いのではないだろうか。小沢一郎が代表で菅直人が脇で支える民主党体制をイデオロギー的にベストだと判断し、イデオロギー的にベストな体制が選挙の勝利(集票)の秘訣だと考えているのである。

b0087409_14315229.jpg一瞥した印象だが、ネットの中で狂信的な小沢コールを続けている信者は、ほとんどが左翼の立場の者である。また、小沢一郎を政権交代のカリスマとして崇拝し帰依している信者たちの中身を見ると、これまた右翼サイドではなくて左翼サイドの者が圧倒的に多い。右翼サイドの小沢評価一般については、あの大手右翼掲示板を見るとすぐにわかるが、私と同じで、小沢一郎に幻想や期待を持っている人間は全くいない。小沢一郎の能力を過大評価している声も皆無である。冷静に正常に判断できていると私は思う。この情景だけを見ると、小沢一郎は恰も左翼の希望の星のように見える。私にはこの現実が異常な倒錯した光景として映る。小沢一郎はこれまで何をしてきた政治家なのだろうか。小沢一郎の政治家としての思想信条を一言で定義し総括するのは簡単ではないが、最初に脚光を浴びたときの看板は「普通の国」で、その中身は、日本国憲法を改正して戦争のできる国にすることであった。

b0087409_1432392.jpgこの政治思想は、当時は相当に右翼的な思想であったはずである。時と共に座標軸が右に移動して、現在では河野洋平を除く自民党の全員と民主党の過半数が「普通の国」を政治的常識だと思っている。その他に小沢一郎の実績として挙げられるのは、小渕内閣のときに自自連立政権を作って周辺事態法と国旗・国歌法を成立させたことであろう。日本の国を右へ右へ寄せてきた政治の流れの中心に小沢一郎がいたと私は認識するし、最も親米的で、新自由主義化(構造改革路線)の流れを掉さす立場にいた事実も明らかだと言える。彼の経歴と実績を見たとき、護憲や格差是正を唱える日本の現在の左翼勢力が、小沢一郎を神様のように崇め敬い、今回の失態を何も無かったかのように、我が子をかばう母親のように、口を尖らせて懸命に弁護するのは狂気か倒錯としか思えない。いずれにしても、小沢一郎がタカ派の保守政治家であり、長く新自由主義の政治家であった事実は否定できないだろう。

b0087409_14321290.jpgところが、小沢一郎に対する一般評価、特に左側の人々の評価は実際にはかなり違っていて、政権交代のシンボルとして傑出した「革新政治家」の指導者の如き表象が一般化し、その(倒錯した)表象を当然のものとして小沢一郎論が喋々されている。左側の者たちが小沢一郎を「剛腕」と呼ぶとき、それはまさに親米新保守新自由主義の自民党政権を打倒する英雄なのだ。明らかに左翼は観念倒錯を起こし、幻想に期待し、偶像崇拝を行っている。これは何故だろう。この政治現象はどのようにして起こったのだろう。私が考える一つの原因は、この偶像の作者に秘密があるということで、すなわち、小沢一郎を過去に「政治改革の旗手」として持て囃し、現在まで「政権交代のカリスマ」として絶賛してきたのは、朝日新聞であり岩波書店であったという事実である。朝日新聞と岩波書店だからブランドになった。これが文藝春秋や産経新聞ではブランドを作ることはできなかった。文藝春秋や産経新聞ではニセブランドしか作れない。

b0087409_14322360.jpg岩波書店や朝日新聞だけが本物のブランドをクリエイトすることができる。インテリジェンスの世界で信用される言説、価値を認められる議論は、日本では左側の新聞社や出版社が生産しているのであり、右側の新聞社や出版社はその任を負えない。伝統的にそうだ。小沢一郎神話は左側の新聞社と出版社によって製造された。それは15年前から製造が始まり、山口二郎と後房雄によって箔が塗られ、厚化粧がほどこされた。15年の歳月をかけて日本の左翼知識人は小沢一郎神話を構築し改築と修復と増築を重ねてきたのだ。だから簡単にはこの神話は崩れないのである。信用があるのだ。ルイヴィトンのバッグと同じだ。左側の人間が騙されているのは、自分が信用している政治言説(小沢神話)が、朝日新聞や岩波書店によって提供されたものだからである。左側の人間は朝日新聞や岩波書店の言説を疑うことができない。日本人はブランドに弱い。山口二郎の政治学を信じられるように小沢一郎の「政権交代」を信じられるのだ。

ここに小沢一郎神話の秘密がある。その強固さの謎がある。憲法改正と周辺事態法と国旗・国家法の保守政治家を左翼知識人が「革新政治家」に祭り上げたのは、偶像を修復し増築し続けて大衆に拝跪させたのは、彼らが自ら犯した「政治改革」の罪業を隠蔽するためである。左側から小選挙区制の導入に加担して戦後民主主義を扼殺した大罪を隠蔽し抹消するためである。小沢信者の信仰は、(左側から創作した)政権交代主義の信仰であり、その思想的淵源は、はるかに15年前の政治改革主義の信仰に遡る。しかるにそのイデオロギー的実体は、すぐれて健全で素朴な日本人のブランド信仰に他ならない。

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イデオロギー
- 「政治学事典」 1954年 丸山真男 -

観念形態とか意識形態とか訳される。最広義においてはマルクスのいわゆる社会の下部構造に対応する上部構造の全体をさす。すなわち、(1)「人間に対する最初のイデオロギー的権力」(エンゲルス)としての国家およびもろもろの政治構造。(2)法形態や家族形態などの社会制度、(3)宗教、道徳、哲学、芸術などの精神的文化的諸形態はすべてイデオロギーである。狭義においてはこのうち(3)のみをいう。もっとも狭い用語例としてはK・マンハイムのようにユートピアの概念と対比させて、現存秩序の維持ないし擁護に方向づけられた支配層の観念形態をとくにイデオロギーと呼ぶ場合もある。

イデオロギーの政治性

イデオロギーはかならずしも政治にかんする観念とかぎらないにもかかわらず、その言葉にはある政治的色彩がまつわっている。それはイデオロギー概念の発生史的事情からきたものである。すなわちナポレオンがこの言葉にあたえた「空想性」とか「夢想性」とかいう貶下的な色調を若きマルクスがうけついで、さらにこれに「現実の隠蔽」という意味あいをつけくわえたために、こうした含意がひきつづき今日までのこっている。たとえば「やたらにイデオロギーばかり振りまわす」といった表現は観念と現実との不整合を意味しているし、また「イデオロギー的機能をはたす」といういいかたにしても、現実と照応しない観念でもって現実を弁護し美化する機能が指摘されているわけである。したがってイデオロギー批判とか暴露とかいうことはつねに政敵とくに階級敵の精神的武装解除として重要な意味をになってきた。この言葉が直接的な政治性を脱して純学問的用語としてもちいられるときにも、ある観念なり思想なりを「内側から」つまりそのロゴス的構造からみるよりもむしろこれを「外側から」すなわちそうした思想。観念をその社会的基盤に関係づけて認識する仕方を一般にイデオロギー的考察というのである。
丸山真男集 第6巻 P.81-82
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by thessalonike4 | 2007-11-13 23:30 | 大連立協議と小沢辞任
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