
守屋武昌の逮捕で注目させられた点は二点ある。第一は検察がゴルフ接待を賄賂として認めた点であり、第二は妻の幸子が収賄の共犯で逮捕された点である。山田洋行による守屋夫妻へのゴルフ接待は8年間で300回以上、金額にして1500万円以上の巨額に上る。山田洋行は防衛省の納入業者であり、省の幹部だった守屋武昌が納入業者とどういう関係になれば法的な立場がどうなるかは常識として知っていただろう。守屋武昌も宮崎元伸もゴルフ接待が賄賂になるとは思っていなかったのである。何故なら、そういう前例がないから。賄賂とは、公務員の「職務に関する不正な報酬としての利益」であり、飲食の接待や売春婦の提供を含む「人の需要または欲望をみたすに足りる一切の利益」が定義である。が、これまでの疑獄事件でゴルフ接待が賄賂とされて追及された事件は、私の記憶では一件もない。この意義はきわめて大きい。

今でも、省庁の官僚たちは毎週のように業者のゴルフ接待を受けているはずだ。直接にやると具合が悪いので、カムフラージュのために学会を作って、大学の教授(御用学者)をメンバーに入れ、コンペの費用を事務局である業者に支払わせているはずである。省庁付属の審議会も同じ。親睦会は必ず開催している。親睦会とはゴルフコンペだ。ゴルフ接待を賄賂として摘発した今回の捜査の意味は大きく、日常的に癒着する官僚と業者の関係に対して衝撃を与え、今後の「官民の情報交換会」や「親睦会」の運営に緊張を走らせる事態になった。これからはゴルフは賄賂だ。官僚は覚えておけ。第二の夫人の逮捕はさらに衝撃で、加藤千洋も言っていたが、まさに「異例中の異例」の摘発。ここでは「
身分なき共犯」の法理が適用された。この妻の共犯逮捕の美技には拍手を送りたい。二人とも、またあの弁護士も、まさか幸子が逮捕されるとは思わなかっただろう。

このように運用すれば
法は生きる。収賄は公務員だけに適用される身分犯である。だが、幸子は事務次官である夫の立場を認識した上で、繰り返し山田洋行の宮崎元伸から接待を受けていて、「不正な報酬としての利益」をねだり貪った受益者としては、共犯と言うよりも主犯に近い。守屋武昌は恐妻家で、接待の要求と受益は幸子が主導するものだった。最初に報道があったときから、あまりに異常なゴルフの回数に誰もが驚いたし、何か変だなという感覚はあったが、守屋幸子という共犯者の像を併せ考えることで容易に謎が解ける。年に30回もゴルフに行っていたのは、その「人の需要または欲望」は、武昌ではなく幸子の欲望だったのだ。専業主婦の幸子の生きがいの一つがゴルフで、毎週ゴルフ場でプレーするのが彼女の「週課」だったのである。九州・広島・北海道の二泊三日のゴルフ旅行など、いかにも女の欲望である。なるほどと頷かされる。幸子逮捕はよかった。絶妙の司法だ。

幸子を逮捕聴取してこそ守屋武昌への捜査と立件は完全なものとなる。今後、政界への捜査の前に、守屋幸子の犯罪の実態が明らかにされて行くだろう。夫の地位と権力を利用した妻の露骨で過激な収賄の犯罪実態、それが7時のニュースや民放のワイドショーで半ば見せもの的に脚色され、面白可笑しく報道されるに違いない。ねだりとたかりの収賄事実は全て押さえられている。宮崎元伸の証言も取っている。幸子が取調室の供述で認めた容疑事実が、特捜の検事によって報道ネタとしてリークされる。ゴルフ接待だけではない。宮崎元伸が外国に出張するとき、幸子はブランド品の高級バッグや化粧品をねだって土産として買わせている。宮崎元伸からの守屋武昌への現金供与は、確か還暦記念で20万円とかいう金額があって、これは両者が周到に賄賂性を排除すべく「社会的儀礼の範囲内」を意識したものである。だが、幸子には山田洋行の米子会社から400万円の現金が口座に振り込まれている。

この金額については「社会的儀礼の範囲内」を主張できない。宮崎元伸が400万円を簡単に振り込んだのは、幸子が公務員ではなく、贈収賄の受益主体の法的立場がないと安心していたからだろう。つまり、今後は官僚や議員の家族でも、幸子のような業者へのねだりたかりはできないぞという司法の意思を検察は示した。家族を隠れ蓑にした収賄逃れも許さないぞというメッセージの発信である。公務員身分のない家族でも利益を受ければ収賄の構成要件を充当させ得る。以上、昨日の守屋夫妻逮捕について捜査の面で注目すべき二つの点を挙げた。単なる法解釈のテクニックへの関心や注目ではなく、この捜査が日本の国の汚職構造を変えるかも知れないという期待であり、同時に、わが国でいかに官と民の癒着が広範に日常的に行われ、それが「常識」として素通りされて見逃されているかについての覚醒でもある。幸子は法廷でどのように反論するだろう。幸子の無罪主張は、きっと汚職官僚族の驚くべき非常識を世間に周知させる一幕となるだろう。

さて、昨夜のテレビ報道では、守屋武昌の官僚一代記が過去映像を使ってコンパクトに報道され、その絶頂と転落の軌跡が追いかけられていた。東北大法学部卒という貧相な学歴にもかかわらず、防衛庁の天皇と異名をとるまでの怪物官僚に上りつめた経緯が紹介されていた。だが、本当のことを、最も大事な事実をテレビは言わない。守屋武昌が「天皇」となり、4年間も異例の長さで事務次官に君臨できたのは、小泉純一郎と飯島勲のバックがあったからである。本人が優秀だったからではない。本人が努力したからではない。本人の政治家への工作が巧かったからではない。小泉純一郎が守屋武昌を利用したのだ。それまで旧経世会が独占していた防衛利権を旧経世会の防衛族の手から小泉純一郎の手に奪取するために、そのために守屋武昌は立ち回り、小泉政権と米国の思い通りの防衛政策と防衛予算を組んでいた。どれほど優秀な官僚でも、単に優秀なだけではあのような絶大な権力は持てない。飯島勲と小泉純一郎が権力を持たせたのである。
小泉純一郎の名代で事務次官をやっていたのであり、小泉政権が続くかぎり何年でも守屋武昌は「天皇」を続けていただろうし、米軍再編(辺野古基地とグアム移転の政策遂行と予算編成)を仕切っていただろう。利権は橋本派から小泉純一郎の手に移った。ここで考えるべきは、それだけ
小泉純一郎の権力が巨大だったということである。青木幹雄も参院での自己の実権を守るために小泉純一郎の配下に収まった。橋本派(現津島派)は完全に力を失って名ばかりの弱小派閥になった。守屋武昌が「天皇」になれたのは利権の転移のためである。利権の転移の必要のない他の省庁では、守屋武昌のような「天皇」を置く必要はなかった。

【追 記】
守屋武昌の場合、一年のほとんどの週末や連休を妻幸子との同伴ゴルフのために使っていたことになる。最初に疑惑が報道に出た当時、伊吹文明が、「何でこんなにゴルフばっかりやってるの。防衛省はよっぽどヒマな役所やなあ」と言っていたが、あまりのゴルフの回数の多さに驚いていたのは伊吹文明や私だけではなかったはずだ。
守屋幸子はシングルの腕前で、逆に、守屋武昌はゴルフが下手で上達もしなかったと記事に書かれている。通常、上達しなければスポーツはむしろ苦痛なものだ。守屋武昌が他に趣味を持っていたかどうかは分からないが、妻が求めるままに、好きでもないゴルフ三昧で休みの時間を潰されていたということになると、何やら気の毒にも思えてくる。
たまには家で土日ゆっくり休みたいという気分のときもあったのではないか。部屋で一人で寝っ転がって、本や雑誌でも読みながら、平日の省内での熾烈な権力闘争で疲れた身体と精神を休め寛ぐとか。だが、月曜から金曜まで家でゆっくり休みながら、土日のゴルフのラウンドを待っていた幸子の方は逆で、土日こそが彼女の本番(オン)の時間だったのだ。
恐妻家の夫婦関係の実相というのは当事者にしか分からない。見たところ、幸子が特に美人というわけでもなく、才媛というわけでもなく、性格がいいというわけでもない。取り得は運動神経がいいスポーツウーマンだったというだけだ。華族のお嬢様とか、有力な政治家の娘というわけでもない。週刊誌の記事だけを見ると、威張りたがり屋で、遊び好きで、ブランド好きの愚女に見える。
塩釜の田舎の出とはいえ、代議士の子供に生まれ育って、家柄的には申し分のない守屋武昌が、あそこまで尻に敷かれなければならない理由は何だろう。単に女性に対するコンプレックスだろうか。仕事の面で幸運をもたらす福の神だったのだろうか。それとも何か、二人を結びつけた上司からの特別な示達事項があったのだろうか。若いときの二人の間が気になる。ワイドショーのネタではあるが。
私の直感だけれど、
今度の東京地検特捜部の捜査の主要メンバーの中に、女検事が入っているね。
あっと驚く 「身分なき共犯」 の適用の秘密はそれじゃないか。