年末特集で長時間枠の放送をやっていたので、TBSの「サンデーモーニング」を見たが、素晴らしい企画と構成になっていて、驚きながら最後まで見た。これこそまさに報道のTBS。こういう番組を見ることができると、ほんの一瞬ではあるにせよ、日本人らしい年の瀬を過ごせたことを実感する。そして、先に結論を言えば、必ずこれから世の中は変わる、新自由主義を否定して、人間の社会権を認める福祉国家の方向に転換を遂げて行くことを確信した。私は、HPを書いていたときがちょうど十年前で、その頃は全く無名の存在で、今のように誹謗中傷専門のネット左翼から常時監視される対象ではなかったが、新自由主義を
批判しながら、それがこれからどんどん日本で広まり、社会のシステムを変えて行くだろうと思っていた。暗澹たる将来を漠然と予感していた。振り返れば十年はあっと言う間だった。渡部昇一が書店でハイエクを宣伝し、加藤寛と嶋田晴雄と竹村健一が週末のテレビでフリードマンを礼賛していた。気鋭の竹中平蔵が人頭税導入を言っていた。
特集のテーマは「格差と環境」だった。格差拡大と環境破壊、それが一つの同じ原因によって惹起されている社会問題であり、日本だけでなく全世界で同時進行している危機であり、それに対して日本人が緊急に立ち向かう必要があることを訴えていた。格差拡大と環境破壊が18世紀に英国で興った産業革命に端を発し、二度の世界戦争を通じて人類が繰り返してきた歴史的な社会悪であると捉えつつ、同時に、最近の危機が特に新自由主義によって齎され、世界中で災禍と被害を深刻化させている現実を正面から見据えていた。フリードマンの映像が流され、新自由主義とは何かが解説されていた。また、新自由主義が日本で猛威をふるう時代の経過を、日米構造協議と小泉政権の映像から説明し、その中心的役割を担ったのが竹中平蔵であるとする指摘もきちんと入っていた。問題意識として核心を外さず衝いている。ここまでクリアに新自由主義を批判した番組は民放ではめずらしい。特に正鵠を射ていたのは、六人のコメンテータの中の寺島実郎の解説だった。
何が格差拡大と環境破壊を人類と地球に齎したのか。産業革命以来の歴史に遡って格差と環境の根本を告発するのなら、そこに一個のキーワードが与えられなければならないのに、番組ではその言葉がなかなか出て来ず、私はテレビの前で切歯扼腕していたが、ようやくそれを寺島実郎が言葉にして発した。それは「資本主義」だ。これまで多様な世界で、人々が自然と共存しながら、貧しくても仕事と誇りを持って生きていた状況を一変させたのは、資本主義の興隆と発展である。西欧資本主義によって、自然環境は工業資源とされ、人々は労働力資源とされ、社会は市場と変えられ、資本の蓄積と循環にとって目的合理的な存在へと変えられた。生き方と在り方を変えられたのだ。番組スタッフ側のスクリプトには「資本主義」のキーワードは無かった。その言葉のオンエアは避けられていた。無いけれど、メッセージはまさに資本主義批判であり、格差拡大と環境破壊の原因は歴史的に
資本主義であると映像で断じていた。それを寺島実郎が言葉にした。「マルクスの資本論」も口にした。
格差拡大と環境破壊と、その矛盾の窮極の爆発である世界戦争と、その失敗と悲劇の繰り返しの中で、人類は知恵を出して社会福祉の制度を組み上げ、福祉国家のモデルを考え、戦後日本もそれで運営してきたのに、80年代半ばから新自由主義の考え方を導入してそれらを壊した。そう言ったのも、寺島実郎だったと思うが、寺島実郎は、スタッフが制作したビデオ映像に感動して、スタッフの言いたいところをズバズバと代弁して言葉にしている感があった。金子勝は妙に大人しい印象だった。スタッフの準備した映像は完璧で、私も寺島実郎と同じく興奮して見入り、寺島実郎が発する同じ言葉をテレビの前でぶつぶつ口に出していたが、批判経済学を任じている金子勝が、寺島実郎より歯切れが悪かったのは、見ていて残念なところだった。番組の見どころを失していた。慶応で空気を吸っているうちに牙を抜かれたのだろうか。いま一番活躍して欲しい経済学者であり、社会と政治を動かす発言をできる重要な位置にあり、皆が注目しているエコノミストなのに、期待に反して何かパッとしない。
むしろ新自由主義(構造改革)が絶対的な猛威を振るっていた五年前の方が、金子勝の言説には迫力と説得力があった。今日の放送は、一年の締めくくりの特集だった。その総括特集の席に陣取った解説者は全て左派の論客だった。浅井信雄、田中優子、涌井雅之、江川紹子、金子勝、寺島実郎。この顔ぶれで解説を揃えると番組がジャーナリズムの質を満たす。田中秀征も大宅映子も岸井成格もいなかった。岸井成格が出演していなかったのはどうしてだろう。普通に考えると、あれだけ報道らしい企画と制作ができたのは、きっと岸井成格の干渉が排除されていたからだろう。とすれば、ここにも参院選の影響があると言える。「報道のTBS」は死なず。首の皮一枚で繋がって生きている。夏目漱石のロンドン時代の日記を紹介したのも素晴らしかった。視聴者が期待する報道番組製作者の知性とはこういうものだ。田中優子を解説に控えて、江戸っ子の漱石に「西洋文明の失敗は..」と言わせるくだりは絶妙だった。エンディングにガンジーの言葉を持ってきたところも配慮が行き届いている。イデオロギーの心証や反発を考慮して、資本主義を批判しながら、左側のディスクールを使わない工夫を周到に凝らしていた。
説得力を作るために、今は誰もが同じ努力をしなければならない。そして狙いは見事に成功していた。環境の問題と格差の問題は同根なのだ。それは政治の問題であり、思想の問題である。従来だと、環境問題についての原因論は、近代主義一般への批判に収斂されていた。近代が悪い、近代主義が悪いという処理の仕方だった。そして生活の利便性と環境破壊はトレードオフだという曖昧な議論で逃げて、個人個人がゴミを出すなとか水を節約しようという問題解決が結論だった。今回の「サンデーモーニング」は違っていて、それを曖昧な近代主義批判や個人の生活心得の問題に解消するのではなく、歴史的な検証によって資本主義が問題として措定され、新自由主義が真犯人として被告人席に座らされた。TBSもやればできる。今回の快挙には拍手を送りたい。それと、今日(12/30)の特集では橋谷能理子が生き生きして存在が光っているように感じられた。金子勝と岸井成格が仲が悪くて喧嘩しているのは誰でも知っているが、きっと橋谷能理子も岸井成格とは折り合いが悪かったのではないか。彼女はもともと久米宏の「ニュースステーション」のレギュラーで、ジャーナリズムの最低限度の常識やバランス感覚は持っていた。
見ていて安心できる。同世代の人間への思い入れもあるのかも知れないが、この年になると、ジョンレノンの
Grow old along with me の歌のような大切な仲間として見守る気分になる。時代が右へ極端に寄れば、組織で仕事を抱えている者はそれに合わせざるを得ない事情もある。だが、身を合わせても心は合わせず、しぶとく粘り強く耐えて、時代が次に変わるときに溜めていたものを表に吐き出せばよいのだ。本当に優秀な人間は心を売ったりはしない。さて最後に、私が番組コメンテータの一人としてあの生放送のスタジオに座っていたら何と言うかだが、本当は落としてはいけない大事なキーワードを番組は落としていた。「資本主義」というキーワードは寺島実郎が拾って言葉で発したが、もう一つのキーワードは誰も言わなかった。それは「キリスト教」である。制作したスタッフの頭の中には結論としてあっただろう。何が格差拡大と環境破壊を齎せたのか。それは資本主義だ。その資本主義とは一体何か。外化された経済システムの表象ではなく、人間の哲学思想の視角から資本主義の歴史的内実を見たら、それは何なのか。それは
キリスト教だと番組スタッフは解説者に言って欲しかっただろう。関口宏の思想にはそういうところがある。
物事を原理主義的に思考し峻厳苛烈に断行する一神教に対する批判意識がある。自然との共生や民族の共存を媒介するアジア的な多神教への内在と共感がある。だから、その結論こそが今回の特集の落としどころのはずであり、「サンデーモーニング」らしい纏め方のはずだった。資本主義とはキリスト教なのだ。その真実を
政治思想史として説明提示できる解説者がいれば、番組の狙いである(格差拡大と環境破壊の真犯人への弾劾と論告としての)近代主義批判と資本主義批判を統一的にメッセージすることができた。