「クローズアップ現代」の特集「新マネー潮流」と榊原英資の解説
b0087409_12211610.jpg昨夜(1/7)放送されたNHK「クローズアップ現代」の経済特集『2008年 新マネー潮流』は面白かった。素晴らしい。こういう番組を見ていると、NHKは世界一の放送局ではないかと本当に誇らしく思えてくる。世界経済の今の現実をテレビの報道番組として制作したとき、あれ以上の中身を作れる放送局が世界にあるだろうか。構成が素晴らしい。制作は年末に短期に行っているが、重要な問題を殆ど漏れなくカバーしている。取材力が素晴らしい。米国、中東、中国、インド。70分で世界経済の動向が確実に頭に入る。まさに教科書。分かりやすい標準的な「2008年の世界経済」論であり、バイアスがかかっておらず、この番組は世界中の人に見てもらいたい。こういう経済番組はBBCでもABCでも決して作れないだろう。この番組の水準の高さは、見た人間なら誰でも了解できる。そして、NHKは公共放送であり、すなわち、これは日本の国民の知的水準の高さの証明なのだ。



b0087409_1221374.jpgこの番組は普通の人間が見るのである。ここに日本の水準があるのだ。外国の人間は驚くに違いない。だから、この番組は日本人の誇りなのだ。そして、言うまでもなく、番組のキーストーンは国谷さんの存在であり、彼女なしで今回の特集の完成度の高さは語れない。国谷さんは経済のこともよく分かっている。ベースの知識がある。だから榊原英資や水野和夫の解説がよく生きる。さすがに官房長官。こういう人は他にいない。見せ場の英語パフォーマンスの場面もきちんとサービスしてくれていた。国谷さんの特集番組にはこれがないと淋しい。昔に較べると、国谷さんの英語のスピードは遅くなった。十年前はもっと速かった。そして英語と日本語のスイッチがクイックで、テレビの前で感動させられたものだった。だが、表情は同じで、国谷さんは英語の場面が始まると唇をキッと結んで、キリッと緊張した顔つきになる。この見せ場がいいのだ。制作スタッフは国谷さんの見せ場をよく心得ている。

b0087409_12212792.jpg解説も非常によかった。水野和夫と榊原英資。水野和夫は、最近はマスコミに登場する機会が減ったように思うが、シュアな経済のオーバービューを提供してくれる。見ていて信頼感がある。もっと出て欲しい。水野和夫が出るような報道番組が多くあればいいのだ。くだらない民放のお笑い政治番組はやめて、週に一度くらい水野和夫が専門家として経済を解説する番組を作ればよいのだ。榊原英資は水を得た魚のように縦横に舌を廻していた。国谷さんが相手だと舌が滑らかになる。榊原英資のサブプライム問題の解説の中で、「銀行が債権をバランスシートから外して自由に売る」「銀行が勝手に信用創造を始める」という表現の説明を与えていた。この部分は視聴者には若干難解なエコノミクスであると同時に、きわめて重要な分析だっただろう。理解には多少の会計の知識が要る。だが、この解説が入ったから、昨夜の特集はただのショーコンテンツに終わらず、教育の要素が入ったNHKらしい真面目な報道番組になった。

b0087409_1221473.jpg国谷さんが、この分析をどこまで理解できていたかは不明だが、二人はいい感じで視聴者国民にサブプライムの本質を説き示していた。私の記事の『信用収縮は原油バブルをクラッシュさせる』も、榊原英資が去年の9月頃にTBSの土曜夜の番組に出演して、サブプライム問題を論じていたのを聞き齧った知識がベースになっている。信用収縮論をキーにしてサブプライム問題を解説するのは榊原英資の持論であり、他の論者にはない正攻法の説得力がある。因みに、先週土曜日の竹中平蔵の解説では、「クレジットクランチ(信用収縮)はキャピタルクランチ(資本収縮)にまでは及ばない」という説明で、サブプライム問題は今年前半には収拾と解決に向かうという楽観論を披露していた。資本収縮の危機にまで至らないのは、昨夜の特集でも詳しく紹介されたし、私の前回記事でも触れたが、オイルマネーと中国マネーが瀕死のハゲタカ(シティ・メリル・モルガン)に資本補給して、サブプライムの流血を輸血で救ってやったからである。

b0087409_12215770.jpgしかし、榊原英資の見方は竹中平蔵のような楽観論ではなく、米国でも日本と同じように、いずれ公的資金投入の事態に直面するだろうと言って、問題の根の深さを指摘した。国谷さんの聴き方がいい感じで、「サブプライムの不良債権は全部でどれくらいあるのですか」と質問したのに対して、榊原英資は、「OECDは33兆円と言っているが、50兆円から60兆円はあるだろう」と答えている。そして、「この問題の一番深刻なところは、一体幾らの損失が出ているのか誰も正確に分からないことで、証券化されて売られた債権にはマーケットが無いから、評価損そのものも金融機関が自分で勝手に評価して損失金額を出しているに過ぎない」と語った。この点も重要なポイントだ。マーケットが無い。日本の不良債権処理のときは、銀行と証券会社が実態を隠して、大蔵省がその隠蔽に手を貸して、最後まで新聞社や野党に正確な数字を教えなかった。金融機関全体での数字を小出しに出して、個別には明らかにせず、時間が経つ毎に少しづつ額を増やした。

b0087409_12225752.jpg巧妙に公的資金注入を強請り、超低金利と無税特権と、そして合併に次ぐ合併で、経営破綻を防いでいた。それが八年間くらい続いただろうか。1994年から2001年の頃まで、否、もっと期間の幅は長かったかも知れない。日本経済における不良債権処理の時代。当時は「失われた十年」と言われた。実際には十年どころではなく、失われた十年の後に、地獄の格差社会が訪れてしまったが。榊原英資は、不良債権の総額を60兆円と予想している。ここでは単純に1ドルを100円で計算するが、田中宇の昨年の記事では100兆円の予想が出ていた。田中宇以上に大きな損失予想を出すエコノミストはいないだろうと思っていたら、昨年12月の週刊エコノミストの記事は150兆円という予測を出していて驚かされた。私と国谷さんの問題関心は同じで、サブプライムを含めた不良債権が最終的にどれだけの規模に膨らむのか、そしてそれは中東のオイルマネーと中国マネーの還流で自己資本補填されて、会計上の償却処理に十分手当できるのかというものだ。

b0087409_12321286.jpgその質問を、国谷さんは英国のエコノミストに発したはずだが、英国のエコノミストの回答は要領を得ず、同時通訳の問題もあったかも知れないが、中東の政府系ファンドの持つ国家戦略的性格に対する疑念や不安ばかりがコメントとして返ってきて、我々の問題意識は埋まらなかった。榊原英資はその質問には直接には答えなかったが、連邦政府による公的資金注入の事態になるという予想は、要するに中東と中国の政府系ファンドの資本注入では足りないという結論を意味している。昨夜の番組は田中宇も見ているはずだから、次は田中宇がどのような分析と予想を示すかが注目となる。田中宇のエコノミストとしての資質と能力を私は正確には測定できない。だが、彼が昨年の前半にネットの記事で論じたイシューが、次々にマスコミでの話題になり、世界の人々の関心の中心になって行ったのは事実である。田中宇の記事から一瞬も眼を逸らせなくなった。サブプライムという言葉は昨年の今頃は誰も口にしていなかった。その次が必ずある。次の新しい言葉が出る。

b0087409_12295180.jpg榊原英資の独自予想の中で、もう一点注目なのが中国の景気減速である。当局が昨年末から金融引き締めに入り、深圳で不動産が売れなくなり、不動産業者が倒産している映像が紹介されていた。12月に北京で開いた中央経済工作会議の様子が映され、胡錦濤が議長席から過熱景気抑制とインフレ抑制を指示していた。こういう映像を見られるのはNHKの報道番組だけだ。見ていて、日本のバブル崩壊直前の金融引締め(金利上げ)を思い出した。内閣は竹下登のときだっただろうか。地価上昇を抑制するために公定歩合を上げ続けた。そしたら土地バブルの崩壊が一気に始まった。中国政府は日本のバブル崩壊と不良債権処理と長期不況の経験を恐れているのだろう。バブルが異常膨張する前に早めに手を打って、景気を軟着陸させ、低成長の安定軌道に乗せたいのだ。榊原英資の予想では、人民元の大幅切り上げを含めた大きな景気減速が五輪以降にあるだろうという話だった。これも、米国経済のリセッションと同じく、いずれはあると誰もが予想していたものである。

b0087409_12224652.jpg最後に、番組には大いに問題なところもあった。米国の金融危機と中国の景気減速の中で、それでは日本の企業がどう生き残りを図ればいいのかという展望を出すところで、榊原英資の持論を企画に組み入れたのだろうが、日本企業が国内市場向けでなく世界市場に顧客を見つけろという方策を示したのである。日本の中のグローバル企業と国内依存企業という区別で二つの企業類型を示し、両者のここ数年の生産高の伸びの違いをグラフで比較していた。石油景気で活況のロシア沿海州に品質のいい石州瓦を販売することに成功した島根県の企業の事例や、インドで小型トラックの合弁企業を立ち上げた日産の事例などが映された。特に後者は、インドに首を突っ込んでいる榊原英資自身の企画だろう。榊原英資は、「日本企業の製品はオーバークォリティで、その典型が複雑な機能が過剰な携帯電話で、それは日本国内で製品企画を考えているからで、世界の市場に売るためには現地のニーズに適したシンプルで安価な製品を作らないといけない」と訴えていた。韓国企業はそれができていると言う。

b0087409_1223923.jpgこの榊原英資の展望と提言は、私が前の記事で述べた主張と真っ向から対立する。私の産業論は全く逆で、日本市場で鍛えた高品質の製品を外国に売り、外国人のニーズそのものを日本志向に、高級志向に変えるべきだと考えている。日本企業が製品の品質を落とすべきではない。現に米国の市場はそのようになった。日本の自動車、日本の家電製品。米国の消費者は日本製品の虜となり、自身の消費のレベルを上げた。日本製品の絶対的なブランド神話が形成された。その基本構図を変えるべきではない。半世紀の努力で築いたブランドバリューを崩してはいけない。中国の市場も米国と同じようになる。現在すでになっている。彼らは日本製品が大好きだ。靖国参拝さえしなければ、喜んで高い日本製品を買ってくれる。インドもいずれは中国のようになる。世界でいちばん品質が高く、価格が高い工業製品は日本製品だ。それでいい。日本製品より安かろう悪かろうのポジショニングを韓国と中国の企業が引き受ければよいのである。榊原英資の展望と提言は誤っている。私の方が正しい。榊原英資は考えを改めるべきだ。

番組の最後で、国谷さんと水野和夫は「資本主義の限界」というキーワードを視聴者の前に出した。そして、榊原英資のソロスの言葉を引き合いに出した十八番の市場原理主義批判へと繋いで、番組の最後を締めた。国谷さんは素晴らしい。NHKの「クローズアップ現代」は素晴らしい。まさに生きる希望そのものだ。
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by thessalonike4 | 2008-01-08 23:30 | 田中宇と世界金融経済
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