
「改革新党」的な動きがどこまでリアルになるかはわからない。が、新年からの言論状況を見ると、改革派がマスコミで一段と露出と音量を上げている。
週刊文春の新年号では経団連前会長の奥田碩が直々に記事を寄稿して、福田首相に「改革の速度が減速している」と苦情を言い、「改革を加速せよ」と檄を飛ばしている。立ち読みしただけだが、奥田碩の記事には一部強烈な表現があり、改革で格差が拡大したなどと言うが、日本の貧困層などアフリカに較べれば問題ではないと言っている件があった。唖然としたが、この感覚と主張が新自由主義者の常識と本音であり、奥田碩がテレビでNHKの『ワーキングプア』を見ながら、それに対抗する世論対策のために案出した反論なのだろう。日本の貧困などアフリカに較べれば大したことない。事実ではあるが、その反論の言葉が「改革」の再加速を正当化づける論拠として説得力を持つと思い込んでいる奥田碩の精神状態を疑う。

竹中平蔵のマスコミ露出、奥田碩のヒステリックな改革絶叫。改革派は相当に焦っている。焦る理由は、株価の下落と原料の高騰と輸出の減速と消費の低迷で、景気が悪くなり、企業の利益が上がらなくなるからだ。昨年までのように「過去最高の利益」を上げ続けられなくなるからだ。今年は新自由主義者が株で儲けることができない。だから、さらなる企業減税が必要なのであり、WCEの導入が必要なのであり、派遣労働の完全全面解禁が必要なのである。改革の継続と加速が必要なのだ。企業の出費を減らしてもらわないといけない。新自由主義の側にすれば、それらは安倍内閣が引き続いて遂行してくれる政策課題だった。ところが参院選で自民党が負け、福田内閣が次の衆院選を睨んで「改革の緩和」の方向にスタンスを置き始め、さらに景気の悪化という事態に及んで、想定していた「順調な未来」が根底から壊れ始めたため、必死になって改革路線の再建に奮迅しているのである。

「改革」を宣伝扇動するボルテージが上がり、総選挙で再びその政策を軌道定置させようとする動きが高まっている。一方で、昨年からのNHKの
孤軍奮闘とTBSの
報道の旋回があり、国民の中で格差社会に対する批判的認識が深まり、新自由主義に対する反省と嫌忌の意識が強まっている。今年は「改革」と反「改革」が思想的に厳しく対立し激突する。「改革」の側が生き残りを賭けて攻撃を仕掛けてくる。「
改革」は、従来のように説明不要の国民的で標準的な正義の観念ではなくなってきた。絶対的な説得力を喪失し、言葉の正当性と真理性を疑われ始めている。イデオロギーの支配力を徐々に弱めつつある。それは、小泉改革が約束した楽園に連れて行ってもらえず、自己責任で貯金を取り崩して生活不安に怯えている国民の不満と失望と苦悩がそうさせるのだ。日々の日常感覚が「改革」を否定するのである。マスコミが宣伝しても、生活の実感は「改革」の欺瞞を暴露し、騙された真実に気づかせてゆく。

そうした中、いわゆる「北欧モデル」のイデーが次第に人々の関心を惹き始めていて、新自由主義と原理的に対決する社会像として注目を集めている。週刊東洋経済は、
新年号(1/12)で『
北欧はここまでやる』と題した特集を組み、北欧4か国に現地取材して、社会実態と経済政策を調査報告している。記事の内容は非常によく、構成がよく、プレゼンテーションのセンスがいい。われわれ日本人が一般に持つところの「高福祉高負担で本当に国民が豊かになれるのか」という素朴な疑問について、記者もその同じ視線から迫り、解答を出している。また、経済成長と福祉国家が原理的に矛盾するのか、それとも共存できるのか、きわめて興味深い一般問題だが、北欧の現実に即して「共存可能」の解答を導き出している。この特集記事も、この一年の日本の動きに少なからずインパクトを与えるだろう。例えば、NHKが北欧4か国に本格的な取材班を送ってくれるかも知れない。そうした展開を望みたい。NHKに映像で説得して欲しい。

週刊東洋経済の結論は、管見のかぎりでは、成功している北欧モデルは国家と経済の規模の小ささという問題を条件として無視できず、一国あたり数百万人という人口規模が前提であり、したがって、これを日本に導入して成功させるためには、北海道や九州といった地域の単位で試行すること、すなわち、道州制の下で導入するのが妥当ではないかという展望が示されていた。北欧モデルに先行する道州制導入。政策理論として面白く、よく考え抜いたスマートな分析と提案ではある。民主党の政調あたりが注目しそうだし、道州制を新自由主義の政策として推進しようとしている北川正泰や増田寛也が悪用を考えるかも知れない。この分析に即して考えると、やはり日本では、北欧モデルの単純導入ではなく、モディファイして、大規模な国民経済を持った活力のある共同体の未来像として日本型の福祉国家を創造的に構想する必要があるのではないかと思う。北欧諸国には、そのモデルを上部構造として構築運営する土台がある。EUとユーロがある。

日本とは状況が少し違う。北海道と九州の住民で医療や福祉の水準が異なるのも問題だろう。税金も同じ、サービスも同じでないといけない。道州制で格差を作ってはいけない。いずれにせよ、今回の週刊東洋経済のように、これまでは遠い欧州の噂話にしかすぎなかった北欧モデルが、制度の詳細を知らなければならない必須の社会政策上の知識と課題になりつつある。一年後にはさらに輪郭が明らかになって、国民の間で理解が深まって行くことだろう。社会科学の重要な関心対象となる。そして新自由主義のイデーと衝突し、論戦の火花が散る。イデオロギーの闘争となり、その決戦が衆院総選挙の舞台となる。総選挙はまさに関ヶ原。また関ヶ原にしなければならず、ここで新自由主義勢力を全滅に追い込まなければならない。福祉国家のイデーの勝利を政治的に明らかにする場にしなければならない。NHKの
報道、TBSの
旋回、週刊東洋経済の特集。少しづつ新自由主義を相対化するジャーナリズムの対抗言説と世論の包囲陣ができつつある。

問題なのは、その新自由主義と対決する政治勢力のシンボルが見えないことだ。福祉国家を政治の多数派に導くカリスマの存在がないことだ。社民党の党首と共産党の党首にそれを期待できないのは言うまでもない。彼ら二人にとって、今度の総選挙は、昨年と同様、「党の存亡を賭けた選挙」であり、二年半後の参院選挙も同じなのだ。国政選挙は常にそうであり、憲法が大事、暮らしが大事と言いつつ、端数政党の一桁議席を守るための選挙で同情票を請うしかないのである。われわれから見ればマンネリズム以外の何ものでもない。それでは民主党の菅直人に期待できるかと言うと、期待したい気持ちは十分にあるけれど、民主党が福祉国家の方向を見ているとは言えず、逆に、副代表である幹部の前原誠司が新自由主義の最前衛で旗を振って、新自由主義の勢力挽回のために尽力している。選挙で勝っても、民主党が政策を福祉国家の路線で纏めるとは確信できない。現在のわが国には、福祉国家を多数派に導く政治的指導者と組織が存在しないのだ。
ブログ左翼は、ほとんど病的なアレルギー症とも言えるカリスマ無用論を叫び続けてきたが、米国の今の政治は、まさに政治変革にはカリスマ的存在が必須であることを証明している。
オバマがいなければ、あの人格を欠けば、米国政治に変革の波を起こすことは不可能だった。多数派形成のためには日本にも必要だ。
