東証平均株価が下落してニュースになり、それが報道されるたびにマスコミが「改革の速度が遅いから」と言って叩く言論状況が出来上がっている。これから東証はさらに下落するだろうから、当面、この言論環境は変わらないということになるだろう。NHKの7時のニュースでは、証券会社の人間が「改革の遅れ」を厳しく批判する映像が流されていた。何となく切羽詰っている感じで、株が下がって困っている表情で、あまり「改革」の政策的中身を承知した上での訴えではなく、象徴言語として「改革」を言っているように聞こえる。とにかく株価が下げ止まって欲しいという願望があり、
竹中平蔵たちがそう言っているから、それをそのままオウム返しで口から発しているという印象を受けた。NHKの7時のニュースはそんな感じで、つまり構造改革の加速について、この国の社会全体の利害ではなくて、一部の株式市場の利害者たちの要求であるという処理が施されている。
テレビ朝日の報道ステーションは少し違っていて、冒頭から古舘伊知郎が福田政権の改革政策の停滞を厳しく批判し、地方へのバラマキ復活を槍玉に上げ、加えて、株価低迷の原因は与野党のねじれ国会にあり、国会がねじれたまま法案を速やかに通さないから景気の悪化に拍車がかかるのだと言っている。そう言い続けている。両方とも、少しエコノミクスで吟味すれば根拠のない議論だが、古舘伊知郎の改革プロパガンダを翌朝の朝日新聞がそのまま記事にしていて、朝日新聞と報道ステーションで日々のニュースを追いかけている人々には、その主張が耳に慣れて異常には感じなくなってしまうだろう。現時点で「改革を進める」と言った場合の政策の中身は、社会保障を大胆に削減することと、地方交付金を大幅に削減することとを言い、企業にさらに減税して消費税を上げることを言う。どれも景気全体にはマイナス要因でしかない。消費を冷えさせ、経済を不活発にさせる政策でしかない。
そう主張する新聞が一紙でもあればいいと思うし、昔は、恐らく朝日新聞がその役割を果たしていた。日経が賃金上昇は企業収益を圧迫して景気を落ち込ませると言えば、賃金が上がれば消費も上がって景気に寄与すると言っていたのが朝日だった。日経とは別の立場から経済記事を書いていた。今は朝日の方が日経以上に
過激に「改革」の旗を振っている。日経がそれを言うのは、経団連の広報紙だから任務遂行として納得できるとしても、朝日がそれを言うのは何の意味や背景があるのか全く理解できない。「改革」のイデオロギーに洗脳されて、マインドコントロールされているとしか思えない。NHKの報道が、改革のプロパガンダとは少し距離があるように思えるのは、その「改革が遅れているから株が下がる」の議論を、中立的な表象を被せたエコノミストに言わせるのではなく、日々の株の商売で必死になっている証券会社の営業に言わせているところだ。そこがNHKと朝日新聞の違いである。相対化の契機がある。
例えばそこで、日本総研とか三菱総研とかシンクタンクのエコノミストとか、あるいは大学教授のコメントを持ってきて、「改革が遅れているから投資家が逃げている」と言わせると、これは世論への影響が大きく違う。証券会社の営業マンの発言は社会全体の利害の反映ではなく、すなわち聞く側において公的な政策主張としての意味が軽い。大学教授の発言だと、そこに聞く側に公的な意味の荷重が大きくかかる。それがNHKの主張になり、国民的な正論になる。そこを周到に避けている配慮が見える。すなわちここから何が窺えるかと言うと、NHKは政府の広報であり、どうやらNHKは、政府が「改革の加速」に軸足を置いているとは見ていないことだ。そして、NHKが向いているのは常に地方であり、地方に暮らす視聴者に向かって、「福田政権は地方へのバラマキを復活させている」などという暴言は言えないということだ。地方の人間は、特に高齢者は、NHKの報道を通じて政権と政府の方向性を探知する。耳を澄ませて聞いている。
新年の1月4日に、六本木のアカデミーヒルズで開いた竹中平蔵チーム主催のセミナーで、「改革が遅れているから外国人投資家が日本から離れるのだ」と眉間に皺を寄せて警告していたのは、モルガン・スタンレー証券のロバート・フェルドマンだった。日本語の舌が回るハゲタカ広報部長。WBSのレギュラー解説者でもある。「改革が遅れているから株が下がる」は、そこからマスコミ報道の常套句となり、経済ニュースでは必ずシャワーされる定番プロパガンダとなった。
前にも書いたが、米資ファンドは地域貢献のために東証で売買をしているわけではなく、利益を出すために事業しているのだから、儲からないと判断すればすぐに資金を移動させる。東証はNYSEと連動(従属)しており、NYがダウントレンドの間はダウントレンドが続く。サブプライム問題で信用収縮が始まっており、ファンドが自由に回せる資金量は減っているはずだ。カネ余りだったのが次第に余裕がなくなっている。そんな状況で大事な資金を利益の出ない市場に置いておけるはずがない。
資金が新興国に集まるのは当然であって、米資が日本の市場から引き上げたからと言って、日本の国民が一喜一憂する必要は全くない。逆に、ドバイの政府系ファンドがソニー株を大量購入したようなオイルマネーが入る例もある。上海へ追い出せばいい。そこで榊原英資が予想するように今秋にバブル崩壊で上海市場が暴落すれば、ハゲタカは瀕死の重傷となる。東京に戻るカネもなくなるだろう。先日から、
北欧モデルの福祉国家について調べたり論じたりしているが、考えてみれば、デンマークやフィンランドにも株式市場はあるのである。だが、きっとその規模は小さくて、株が上がったの下がったのでニュースが大騒ぎするような経済や国民生活ではないのだろう。大きな株式市場などなくても、その株価が上がり続ける繁栄などなくても、国民は安心して豊かに暮らせる。格差社会の悶絶と辛苦から自由でいられる。中国は、経済は成長し株は高騰して、手元に資金があれば二倍三倍に膨らませられるが、それができない農民工の貧民層が一億人いて、幸福で安定した社会とはほど遠い。
その真実が、特に地方に暮らす日本人に少しづつ見え始めている。今、衆院選を控えて、地方の自民党の現職候補たちは、地方の住民に向かって何を訴えて支持を得ようとしているのだろう。「改革をもっと加速させれば景気がよくなって地方の経済と生活がよくなる」と、そう言って、その言葉が有権者に説得的に響くだろうか。山本一太のブログを読んでいると、面白い記事があって、さらに続報に注目したいが、竹中平蔵を顧問にして昨年10月に立ち上げた改革議員政策集団の「プロジェクト日本復活」というのがある。山本一太が中心的な人物の一人で、立ち上げたときの議員の名前は10名が確認されている。上野賢一郎、河野太郎、佐藤ゆかり、柴山昌彦、世耕弘成、西村康稔、山内康一、山際大志郎、山本一太。私はこの動きに注目していて、おそらく「
改革新党」が立ち上がったときは、それに合流する動きとなるだろうが、山本一太は大きな集団にしたいとブログで意気込んでいたが、最近の記事を読むと、1/16に開催した勉強会が「参加者は竹中顧問を含む7名だった」とある。発足から3ヶ月足らずで4名が脱落している。
議員たちも現下の政治情勢で忙しいのだろうが、御大の竹中平蔵が直々に会に出ながら、この出席状況の体たらくでは、会の今後に暗雲がかかる。山本一太は今月末までに「プロジェクト日本復活」のメンバーを20名まで拡大すると言っているが、果たしてうまくいくだろうか。普通に考えれば、次の衆院選で、特に地方の選挙区候補の場合は、改革派議員だとか、小泉チルドレンだとかいう看板は、プラスシンボルではなくマイナスシンボルとして作用するのではないかと思われる。竹中平蔵と山本一太の挑戦に注目しよう。