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高僧 - あおによし奈良の都は咲く花の薫うがごとく今盛りなり
b0087409_16175962.jpg旅を終えて、この三日間を振り返りながら、奈良のことを考え浸っている。奈良は素敵なところで、どこまでも魅力に溢れていて、何度訪れても満ち足りた気分に私をさせてくれる。格差社会のいま、人がこの国の中で一つだけ旅する先を探すとすれば、奈良を選ぶのが最善の選択なのではないかと私には思われる。格差社会の中で、私たちは、茨の冠をかぶせられ、重い磔の十字架を背負わされて歩かされているイエスのようであり、ここまで酷く深く傷ついた心を癒せる旅の空間というのは、どう考えても奈良の他にはないはずだ。そこには歴史があり、古代の生き生きとした純粋な日本人の心があり、そのことを教えてくれる仏像(ほとけさま)がいる。京都の場合は、お寺に参り詣でる行為が、どうしても観光という表象に近くなり、その観光という言葉は、さらに消費という概念に接近してしまう。しかし奈良はそうはならないのだ。 



b0087409_16173338.jpg今回、東大寺の森本公穣氏からお誘いを頂戴して、長年の夢だった修二会を見学する機会を得た。日本人なら誰でも、死ぬまでの間に一度は二月堂の「お水取り」を見たいと思っているはずで、NHKのニュースで「古都に春の訪れを告げる」という決まり口上と共に流れる壮観な松明の映像を見ながら、自分はいつ見に行く機会があるだろうかと思い焦がれているはずである。奈良に着いた3/9の午後、待ち合わせの場所である大仏殿入口で立っておられた森本公穣氏は、若く、背がすらっと高く、いかにも優秀なビジネスエリートという風貌の方だった。大企業であれば、最年少でコアビジネスの課長に抜擢されたキャリアか、将来の重役候補として渉外と調査を担当する企画室長代理といったところ。髪を伸ばしてネクタイを締めれば、大企業を代表して大きなコンファレンスで事業戦略をプレゼンテーションする人に見える。ブログを読んでおられると言う。

b0087409_16181170.jpg若くして高僧。高僧という言葉がこれほどぴったりくる人は他にいない。知的であり、情熱的であり、清賢で、誠実であり、精神が高貴で、立派としか言いようがない。頭脳明晰で、情報処理が速く、仕事ができるエリートでありながら、話を聞く者に深い感銘を与え余韻を残す心の深さがある。その人格的完成度をあの若さで達成している。奈良時代の僧は、皆、このようであったのだろうか。東大寺の年中行事の中で最大で最重要の法会である修二会、その真っ最中の多忙の中をわざわざ時間を割いて私を大仏殿に案内して下さった。そこから先の出来事は、まさに奇跡としか思いようがなく、夢のような幸運としか言い表わしようがない。基壇と言うのだろうか、毘盧遮那仏の台座のすぐ下まで階段で上がり、大勢の一般参観客を上から見下ろす位置で森本公穣氏の説話を聴く栄に浴することができた。このような賀福を賜ることができるのは、内閣総理大臣か外国の元首くらいしかない。

b0087409_1617468.jpg説明は内容豊かで非常に興味深いもので、ETVでそのまま放送したいような見事な東大寺論講義だった。私は、なぜ東大寺の要職にある森本公穣氏が、私のような無名の者をかくも厚遇して賓客扱いしてくれるのか、そのことが不思議でたまらず、雲の上に連れて来られた気分を満喫しながら、同時に、その不思議に首を捻りつつ高僧の論に耳を傾けたが、東大寺史概論の講義の中に解答はあった。日本を代表する寺である東大寺は、聖武天皇の発願によって建立が始まり、大仏が完成して開眼会が挙行されたのが752年、大仏殿が竣工したのが758年である。難工事である大仏鋳造の事業に関わった人数は、当時の日本の総人口の半数であるのべ260万人だと言われている。単に技術者だけでなく圧倒的多数の庶民がボランティアとして大仏造営に参加していて、彼らの情熱とエネルギーによって東大寺は創建された。聖武天皇の宗教的エトスと古代民衆の自発的協力による巨大国家プロジェクトの成功。プロジェクトXとしての東大寺。

b0087409_16182417.jpg最近、例えば宮本亜門などが出演して解説するNHKの特集番組で東大寺創建の物語が紹介されるときも、必ず、それが幼少の庶民まで含めた「藁一掴み・土一握り」の貢献をもって成された国家プロジェクトであった意味が強調されている。この歴史認識は、実は新しいもので、我々が学生の頃の観念は決してそうではなく、むしろ古代の専制君主による苛斂誅求と強制動員の一般論で性格づけされる傾向が強かった。庶民が自発的に聖武天皇の理念や構想に応えた歴史の側面や契機には焦点が当てられなかった。この点、印象として、古代エジプトのピラミッド建造の解釈が、この十年の間に「王による強制動員と王権の誇示」から「民による自発参加と社会的な公共事業」へと変容した歴史認識とパラレルに映る。そもそも大仏は何のために作るのか。国家と民衆の平和と繁栄を祈願するために作るのである。大仏の功徳や利益は共同体全体に及ぶものであって、王や貴族のためのものではない。

b0087409_16183529.jpgそうして、それが創建の真実であったから、東大寺は1250年後の現在でも、土一握り・藁一掴みで事業に貢献挺身した古代の民衆に感謝の心を失っていないのだ。むしろ1250年の長い時を隔てて、今日まで東大寺を東大寺たらしめている原点こそ、名も無き古代の民衆の土一握り・藁一掴みであるとする基本を大事に守っているのである。東大寺の思想的背骨はそこで通っている。共同体の全ての者が心を一つにして、全ての者の平和と幸福を願うこと。森本公穣氏は「縁」についてお話をされた。まさにこれこそが「縁」なのだろうと私は思った。プロジェクトに参加した古代の民衆のおかげで、私はこうして途方もない幸運を与えられ光栄に浴することができている。現代の私と古代の奈良の庶民とは繋がっている。彼らの努力のおかげで私は人生無上の幸福を得た。私は心から古代の無名の民衆に感謝をし、彼らと繋がっている自分に気づいた。東大寺が無名の庶民にも光を与えるのは、東大寺が無名の庶民の貢献で今日を得ているからだ。

b0087409_16184674.jpgそして、続けてこう思った。日本はなくなる、日本は滅亡する、日本はハワイのようになる、と、そう思って絶望していたけれど、悲嘆にくれていたけれど、本当にそうだろうか。果たしてそれほど簡単にこの共同体は滅亡するだろうか。1250年の時を越えて東大寺は建っている。ミレニアムを跨いで大仏は鎮座している。何度か焼き討ちに遭いながら、その度に再建を志す偉人が出て、指導者の努力と民衆の助力で立ち直ってきた。東大寺は日本を代表する寺だ。東大寺こそ日本だとすれば、ひょっとしたら1250年後も奈良の地に東大寺は建っていて、私と同じような日本人が東大寺に参詣して、森本公穣氏のような高僧が東大寺を差配して、「2500年前の庶民の土一握り・藁一掴みが原点なのですよ」と教えを説いているかも知れない。否、ひょっとしたらではなくて、必ずそうだろうと考える方が自然ではないか。私は1250年前の庶民と繋がっている。そのことを信じられた。であれば、1250年後の日本の庶民と繋がることを信じることもできる。まして100年後や200年後など。

b0087409_16185888.jpgさらに続けて、今の日本の霞ヶ関と東大のことを思った。司馬先生が生きておられたら、「霞ヶ関の官庁街など焼け野原になればいい」と憤って口走ったに違いなく、天国の司馬先生の代わりに私が過激派の口真似をするけれど、一体、霞ヶ関の官庁群や本郷の学舎棟が真っ平な更地になったところで、誰がそれを嘆き悲しんだり、再建と復興のために浄財を集めようなどと思うだろうか。誰も思わない。そんな庶民は一人もいない。焼き討ちに遭えばそれで終わりだ。霞ヶ関も本郷も終わりだ。歴史から消える。それはきっと、陸軍参謀本部や海軍軍令部と同じだ。竹橋の参謀本部と霞ヶ関の軍令部の所在地など、今ではよほどの歴史通でなければ誰も知ることはない。しかしながら、その二つは、特に20世紀前半の半世紀はまさに日本の権力の中枢であり、大日本帝国を駆動する機軸伽藍だった。日本の中核の権力機関だったが、その建物を再建しようなどという物好きは、今では右翼の中にさえ一人もいない。本来は、靖国神社もそうなるべきだった。参謀本部や陸軍省の建物と運命を共にするべきだった。

b0087409_1619950.jpg恐らく、霞ヶ関の官庁ビル群と本郷の東京大学は、終戦後の参謀本部や軍令部と同じような境遇になるのだ。滅びるときは国民から徹底的に憎まれて、二度と国民の前に顔を出すなと非難と罵倒を浴びるのに違いない。現在、それはまさに国家による収奪と詐欺の象徴である。国民にとって苛斂誅求と放蕩三昧の象徴だ。たとえば、財務省の財務官では最初からあり得ない話だが、東京大学の総長が、阪神大震災でもいい、中越大地震でもいい、現地で救援ボランティアとして一生懸命に頑張った青年の活躍を何かで聞き知って、その青年に手紙を出して、「一度東大に遊びに来なさい」と粋な計らいをして、自ら安田講堂や史料編纂所を案内して、その青年を感激させたとしたら、そういう東大なら国民から嫌われることはないのである。「更地になればいい」などとは思われないのである。けれども、われわれはそういう美談を本郷や霞ヶ関に期待できないし、本郷や霞ヶ関がそんな話を聞いたら、目を丸くして驚愕することだろう。すなわち、千年後はおろか百年後もすでに本郷と霞ヶ関は消えてないのだ。その程度のものだということである。

今度の旅をふり返って、私には自信ができた。それは、この国についての自信と希望である。要所に立派な人がいる。絶対に立派な人がいなくてはいけないところに確かに立派な人がいる。霞ヶ関と本郷が消えてなくなっても、奈良があれば日本人は大丈夫だ。滅びることはない。

b0087409_1619212.jpg

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by thessalonike4 | 2008-03-12 23:30 | 奈良紀行
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