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奈良紀行 4 - 薬師寺   伽藍と仏像、加藤周一と和辻哲郎
b0087409_16272418.jpg小学館発行の『古寺をゆく』シリーズの第2巻が東大寺で、2002年に発行されたとき買い求めて本棚の隅に置いていた。きれいなカラー写真が多く載っていて、東大寺を目で楽しむことができる。その中に当時の別当の新藤晋海氏が寄せた文章があり、「個も全体の中でしか生かされない」ということを自覚することが大切だと説いている。「生きるということは、他の生きとし生けるものとの相関関係によって成り立っている」ということを自覚し、他者にも悟らせることが肝要だとメッセージしている。華厳の思想の本質が表現された言葉のように聞こえ、あらためて東大寺の「全体と個」への関心を思わされる。この20年、この言葉は重い意味をもって日本社会に発信され続けてきたと思うけれど、世界と日本での新自由主義の進行は、個をますます全体から切り離して、全体への関心や配慮を失うように方向づけ、利己主義こそが唯一絶対の普遍的真理だと確信させて個の行動を動機づけてきた。



b0087409_15574493.jpg翌朝、宿舎を出て西の京へ向かった。場所が近くて便利なので唐招提寺と薬師寺には自然に足が向く。二つの寺の間にあるのんびりとした田舎の風景が感じがよくて、何年に一度かは無性に行って歩きたい気分になる。前に訪れたのは7年前の2月だったが、周辺の雰囲気は特に変わっていない。訪れる人の数も増えていない。ただ中国人観光客が増えている。唐招提寺は7年前と同じく金堂が解体修理中で、ゼネコンの巨大なプレハブ仮屋に蓋われて工事が続いていた。薬師寺の方は講堂の大工事が5年前に終わって、壮麗な白鳳建築がまた一つ増えていた。薬師寺は常に変貌を遂げて行く寺で、来る度に景観が変わり、新しい伽藍が新築されている。1976年に金堂、1981年に西塔、1984年に中門、2003年に大講堂。今も再建事業が進行中で、回廊北半分の復元が計画されている。1960年代以降、昭和の名僧である高田好胤が指導する写経勧進の運動によって次々と伽藍の復興が果たされて行った。

b0087409_15575518.jpg天平様式の東大寺は塔が回廊の外に配されるが、それより古い白鳳様式の薬師寺は回廊の内側に塔と金堂が囲まれる。その構図は白鳳よりさらに古い飛鳥様式の法隆寺も同じ。ただし白鳳の薬師寺は中門と向い合う金堂の前に塔が東西一対並ぶのに対して、飛鳥の法隆寺は金堂と塔が左右に並ぶ。高校の日本史の授業で上の伽藍配置の特徴を図で学ばされ、この部分は入試問題にも頻繁に出題された。国民の基本的教養として習得させよという文部省の指導要領だったのだろうか。この伽藍配置の形式に少し関連するが、薬師寺の根本的な問題はアプローチにあるように思われる。アプローチがよくない。アプローチというのは、訪れる者にとっての寺が見えて金堂に到達するまでの景観のスライドショーである。東大寺の場合はこれが素晴らしい。法隆寺も素晴らしい。寺の印象はアプローチの景観で決まる。東大寺の場合、登大路を上がってきて、左に南大門を見て一直線に参道を直進するが、その参道の前方の景観が素晴らしい。

b0087409_1558770.jpgまず大きな南大門。それをくぐると右手に鏡池を見ながら中門。南大門から中門、その上に大きな屋根が出て金色の鴟尾が見える。あの巨大な屋根は何だろうと旅人は思い、屋根の下はどうなっているのだろうと期待と想像を膨らますのだ。そして券売所から入堂して左を見たときの絶景に驚くのである。大仏殿の威容に圧倒される。そのスライドショーの起承転結が素晴らしい。南大門までの参道が起、南大門から中門までが承、目に入った大仏殿の全景が転、大仏との会遇の感動が結。見事な起承転結のストーリー。法隆寺も同じ。表参道から真っすぐ南大門に直進して、その向こうの中門の上空に見える金堂と五重塔、この空間の構成がコンセプチュアルで、目に入る形と色が抜群で絶妙のバランスなのである。素晴らしい。それにくらべて、薬師寺のアプローチはよくない。一般の参拝客は裏から入って伽藍を見る格好になる。東僧坊から講堂の裏に出て、さらに金堂の裏に出る。裏から裏へ進入する。現在の薬師寺の正面玄関は北側の興楽門になっている。

b0087409_15581915.jpg唐招提寺方面から歩くにしても、近鉄西ノ京駅を降りて歩いて接近するにしても、北側が入口になっている。これは本来は境内の裏口であり、正門は逆側の南門のはずである。現状は、南門の南側は神社と駐車場になっていて表参道に当たるものがない。昔はどうだったのだろう。薬師寺はもともと飛鳥の地に創建されたものが、平城京遷都に伴って718年に現在の場所に移転された。その影響があるのかなとも思われるが、南都六宗の一つである法相宗の総本山である大寺で官寺の薬師寺に、表参道のアプローチが建築設計されてなかったとは考えられない。金堂とそれを挟む東西両塔が格好よく景観配置されて直望される空間設計が配慮されていたはずだ。素人の私はそう考えるが、薬師寺関係の手持ちの本を読んでも、ネットで調べても、薬師寺の参道論については情報はない。もし薬師寺が写経勧進でさらに復興事業を続けるのならば、ぜひ伽藍だけでなく表参道についても調査と検証をお願いしたい。

b0087409_1558304.jpg3/25から6/8まで上野の東京国立博物館で「国宝薬師寺展」が開かれる。平城遷都1300年の記念事業の一つで、日光月光二体の菩薩像が史上初めて薬師寺を出て出展される。歴史的な国宝展覧会の挙行であり、関東にお住まいの方は積極的に足を運んでいただきたい。私が薬師寺を訪れた3/10は、前々日の3/8に日光と月光が運び出されて日通のトラックで東京に旅立った後だった。金堂の中には本尊の薬師如来座像が一体だけで留守番をしていた。「日光月光ふたり旅」の件はNHKで放送されて広く情報が告知されていて、恐らくその影響もあって当日の薬師寺の参観者は少なく、通常でもがらんとした感じの伽藍が、一層がらんとした雰囲気になっていた。薬師寺は、眩く壮麗な白鳳建築が建てば建つほど、極彩色の伽藍の原状回復が果たされれば果たされるほど、がらんとした感じの空間の気配と感触が濃厚になる。司馬遼太郎が言った「平城京パビリオン」という言葉をよく実感できる。その印象は、薬師寺の仏像についても同じなのだ。

b0087409_15584261.jpg薬師寺の仏像はなぜあのようにピカピカと黒光りしているのだろう。薬師三尊像、薬師如来坐像と日光菩薩像と月光菩薩像の三体は、表面の黒い光沢が際立った特徴である。他の白鳳天平の仏像と印象が全く違う。材質なのか何なのか。私にはそれが謎であり、そして現在でも薬師寺の仏像に積極的になれない理由でもある。ところが、その特徴の理由について触れる者はないまま、薬師三尊像について書かれたものではきわめて芸術的な評価が高い。例えば加藤周一は、平凡社ライブラリーの文庫本になった『日本美術の心とかたち』の中で、「八世紀の仏像は日本彫刻史の最高の到達点であるばかりでなく、そのなかでの傑作は、大陸においてさえもそれに匹敵する作品が少ないほどである」と言っているが(P.88)、その傑作の筆頭に薬師三尊の月光菩薩像を挙げている。豊満な全身の立体的なデザインを褒め、身体の量感と表情の気品の二つの要素の甘美な調和を絶賛している。加藤周一が傑作として他に挙げているのは、興福寺の阿修羅像と法隆寺五重塔の涅槃塑像だけである。

b0087409_15585425.jpg薬師寺の仏像を称賛している権威は加藤周一だけではない。権威中の権威である和辻哲郎が激賞している。和辻哲郎は加藤周一と違って、両脇の日光月光菩薩像には高い評価を与えず、薬師如来坐像に決定的な評価を与えている。曰く、「この本尊の雄大で豊麗な、柔らかさと強さの抱擁し合った、円満そのもののような美しい姿は、自分の目で見て感ずるほかに、何とも言いあらわしようのないものである。(略)ここには彼岸の願望を反映する超絶的なある者が人の姿をかりて現れているのである。(略)その心持ちはさらに頭部の美において著しい。(略)顔には、無限の慈悲と聡明と威厳が浮かび出ているのである。あのわずかに見開いたきれの長い眼には、大悲の涙がたたえられているように感じられる。あの頬と唇と顎とに光るとろりとした光のうちにも、無量の叡智と意力とが感じられる。確かにこれは人間の顔ではない。その美しさも人間以上の美しさである。しかしこの美を生み出したものは、依然として、写実を乗り越すほどに写実に秀でた芸術家の精神であった」。(岩波文庫 『古寺巡礼』 P.157-160)

b0087409_1623463.jpg権威の古典にここまで言われると、素人は何も反論できない。しかし、感性で同感できぬものは仕方がない。私が引っかかっている薬師三尊像の黒色の光沢の謎について、和辻哲郎の本には答が示されていて、この白鳳彫刻の傑作は、製作された後に長い間土中に埋蔵されていて、徳川時代に発掘されて薬師寺に移されたのだそうである。だから銅が色艶を失なってないのだと書いている(P.156-157)。本当だろうか。加藤周一の本には材質についての情報はなかった。私の場合は、加藤周一や和辻哲郎の感性とは異なり、日光菩薩と月光菩薩と言うと、東大寺法華堂に立っている二体の方に想念が及ぶ。この二仏はデザインが素晴らしくいい。司馬遼太郎は、東大寺の仏像の中では戒壇院の広目天が最もお気に入りだったようだが、私は法華堂の日光菩薩と月光菩薩を選ぶ。どちらもいい。お顔の表情が素晴らしい。法華堂や戒壇堂の仏像は、どれも歴史の長さをあらわすように像の表面が白っぽく変わっているが、特に日光と月光の二体は白い。この時代の仏像彫刻の中でも最も白い。その点でも、真っ黒な薬師寺の日光月光と対照的だ。

薬師寺を訪れたとき、その日はちょうど「西塔内陣特別拝観」の期間中で、しかも運よく午前11時の公開時間に境内にいたため、西塔の中に入らせていただいて薬師寺の僧侶の法話を拝聴する機会に恵まれた。本当に、今回は何から何まで恵まれていた。そこで読み方がふられた般若心経のテキストを渡され、入塔した拝観者全員で声を出して唱和をした。高齢者の方が多かったが、とてもいい体験だった。「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是」。ブログの読者の皆様にもお勧めしたい。

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by thessalonike4 | 2008-03-16 23:30 | 奈良紀行
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