
最近、記事巻末のコラムで音楽を紹介するのがシリーズ企画になっていて、むしろ「今日の一曲」を選んで紹介するのが楽しく、それが主たる動機になってブログの更新が続いている感じすらする。長く生きていることの幸福の一つは、きっと多くの素敵な音楽と出会えて、音楽の財産を若い人より豊富に持っているということだろう。YouTubeのおかげて過去の名曲が映像とともに楽しめるようになり、インターネットの世界の価値が増している。ネットと繋がったPCは音楽を聴く媒体として最適のツールである。現在の音楽業界では、気鋭のミュージシャンの卵が自信作をデモテープ(CD)にしてレコード会社に送り、そこで専門家が審査して商品化が検討されるパスとフローだが、50年後の世界ではネットからダイレクトに登場してスターダムにのし上がる音楽家も現れるに違いない。そういう動きはすでに始まっているかも知れない。

コラムで紹介する一曲として渡辺貞夫の「カリフォルニアシャワー」を探したが、残念ながら見つけることができなかった。そのかわり、草刈正雄と渡辺貞夫が出演する資生堂ブラバスの歴代のCMが纏められた
動画があり、嬉しくてずっと見入ってしまった。このCMは懐かしい。全部で10本ほどあるが、最初のCMが放送されたのは何年だっただろう。それまでMG5のCMキャラクターだった草刈正雄が、MG5を卒業してブラバスのキャラクターに昇格する。それが第一作。それから渡辺貞夫とのコンビになり、バックに渡辺貞夫のヒット曲が使われて次々と新しい映像が放送されて行った。このCMは好評で、視聴者の関心を買い、若かった私も食い入るようにブラバスのCM映像に噛りついていた一人だった。雰囲気が爽快で快活で、何より新しい時代の感性を教えていた。日本と世界の70年代が終わり、80年代の幕が上がろうとしていた。

渡辺貞夫は日本の80年代を代表する音楽家であり、その作品は80年代の明るさがあった。80年代はこういう時代だよと教え、日本の若者たちに70年代との決別を誘ったのは、雑誌「
Hot-Dog Press」の特集記事以上に渡辺貞夫の軽快なジャズ音楽だった。「Hot-Dog Press」の西海岸のサーフィンとローラースケートのライフスタイルも新鮮だったが、それよりさらに説得的で啓蒙的だったのは、渡辺貞夫のサックスが奏でるリズミカルでアップテンポなジャズのナンバーだった。サザンオールスターズの出現と活躍も同様に80年代文化の範疇に属する。ジャズの概念すらすっかり変わった。ニューオリンズやメンフィスの夜の酒場の暗い空間で、地味に沈鬱にゴソゴソとベースのソロを弾くイメージから、明るく陽気で躍動的な南米のサンバのダンス音楽のイメージに一転した。「カリフォルニアシャワー」と「オレンジエクスプレス」の2曲は鮮烈な印象だった。

あれは1983年だったか、六本木に「PIT INN」という有名なジャズのライブハウスがあり、その店で渡辺貞夫がよくライブを演っていて、それを見に行ったことがある。新宿か六本木の「PIT INN」で渡辺貞夫がライブコンサートする入場券を「ぴあ」で情報を押さえて手に入れる。これが、当時、田舎から東京に出てきたイモな若い男の子や女の子たちの憧れのライフスタイルだった。田舎には「PIT INN」も「ぴあ」も無かったから。「PIT INN」は階段を降りた地下にあった。田舎者らしく開演より2時間も早く六本木に着き、場所を確認しようとして地下に降り、開店前の店のドアを開けると、何とそこに神様の渡辺貞夫が一人で立っていた。ステージのマイクやスピーカーの設置と調整を一人でやっていた。私は目を丸くして驚いたが、渡辺貞夫は目を合わせてニヤッと笑っただけで黙々淡々と作業を続け、迷惑な訪問者の出現に「出て行け」とも何とも言わなかった。渡辺貞夫の人格を感じた。

私は資生堂ブラバスの香りを覚えている。MG5の香りも覚えている。ビンテージの香りは特別で、これは一度嗅いだら忘れられない。MG5とブラバスの間に中間ポジショニングのブランドがあった。その商品の名前を思い出せない。ボトルが細長い直方体で蓋が黒でボディは透明だった。MG5は円柱体で例の黒と銀のギンガムチェック。ブラバスは握りやすい三角形でラベルは赤と金。ブラバスに較べるとMG5は本当に安っぽい粗悪な匂いがして、MG5が男性化粧品の主流ブランドだった60年代の発展途上国時代の日本社会を想起させ、ブラバスの品と華のある香りは経済成長で豊かになった日本を象徴していた。第一作で草刈正雄が「
今日からBRAVAS」と言う。消費者の男たちにMG5からブラバスに購買ブランドの格上げを促す資生堂のメッセージだった。高度経済成長とは何かをこれほど端的に表現している映像はない。資生堂の商品戦略は見事だった。高級品だったブラバスが中心に座った。

同じようなマーケティングのモデルは、他のメーカーでも挙げることができる。最も代表的な例はトヨタの普通乗用車の製品構成で、普及車のカローラ、格上中堅のマークⅡ、高級車のクラウンというラインアップとポジショニングがそれである。完璧な商品戦略だった。カローラから入り、マークⅡに格上げして喜び、最後はクラウンに乗って王様気分を満喫する。カローラとマークⅡの間に中間ブランドのスプリンターを配置して、カローラのポジショ二ングをさらに下方に下げ、裾野を広げて女性ドライバーを捕獲した。見事。もう一つ、同じモデルの代表例がある。それはサントリーのウィスキー。MG5とカローラに相当するポジショ二ング最下位のブランドがホワイトだった。サミー・デイビス・ジュニアが出演したCMの映像を覚えている人は多いだろう。1本千円。大学生の酒。マークⅡに相当する中堅コアの商品が「ダルマ」の愛称で呼ばれたオールドで、その上に格上のリザーブがあり、さらに高級なロイヤルがあった。

ロイヤルは一般の家庭で日常的に飲まれるということはなく、会社で部長クラスになった人間のところに得意先がお歳暮やお中元で届ける贈答品だった。貰った人間が「俺も偉くなったものだ」と満足しながら、それを家の応接間のガラス棚の中に飾って、誰か来客があったときに水割りを振舞ったりしていたのである。サラリーマンが仕事帰りに立ち寄る繁華街のスナックの壁の棚はオールドがびっしり並んでいた。ヒラ社員や係長クラスがキープするボトルはオールドと決まっていた。最近は日本人もウィスキーを全然飲まなくなり、それ以上にボトルをキープするライフスタイルがなくなってしまった。サラリーマンも財布の中が空になり、会社の交際費で客と飲み歩くこともできなくなり、それどころではなくなったのかも知れない。資生堂、トヨタ、サントリー。3社の企業の商品戦略は共通している。そして、この商品戦略と市場戦略が教科書でありお手本だった。全ての企業が同じモデルでの成功を追いかけて商品の開発と販売に注力した。
<下位ー中位-上位>の商品構成。このモデルが教科書になるためには、実は一つの大事な社会的条件が要る。それは、その社会が中産階級を主人公とした社会であり、社会の全ての成員が中産階級になることを理想とする社会であるということである。格差拡大を原理的に否定する「一億総中流」の社会であるということである。

いいCM、いい日本。 草刈正雄、ダンディーでルックスグッド。
【今日の一曲】
ということで、渡辺貞夫の懐かしい「オレンジ・エクスプレス」を。

場所は当時のバブルの都の「せいよう広場」(渋谷)。
何でもバカ高い西武セゾンの付加価値トレンド業態。
田舎者らしく、たっぷり貢がせていただきましたね。
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