
昨日(4/11)一日で日本の世論が大きく変わり、流れが中国非難の方向へ一気にシフトした。国論になったと言ってもいい。マスコミの論調が一斉に変わった。人権問題で中国を非難し、中国にダライ・ラマ14世と対話せよと要求する主張を鮮明に示すようになった。これまでは「政治のスポーツへの介入」に眉を顰める慎重な配慮を見せていたが、昨日の報道でそれは完全に消え、チベット=正義、中国=悪の図式が完全に固まった。聖火リレーの妨害行為を批判する態度も消えてなくなり、動機や心情の政治的正当性から妨害行為そのものまで容認される気配となった。NHKの7時のニュースでは、昨夜初めてチベット問題の歴史的経緯が映像で説明され、中国国内のチベット人の言論の自由や宗教の自由の侵害状況が紹介された。「報道ステーション」では、古館伊知郎が「中国政府は人権問題を重く受けとめてダライ・ラマ14世と対話せよ」と発言した。

「五輪が政治に不当に利用されている」という認識や感覚が報道から消え、「国内でチベット人の人権を蹂躙している中国は五輪開催の資格はなく、北京五輪はボイコットされても当然」という論調に世論が固められた。現在の状況を正しく言えば、政治はすでにチベット問題ではなくオリンピック問題になっている。人権を切り口にしてEUと西側のプレスが中国のレジームチェンジを要求し、北京五輪をめぐって攻勢をかける政治状況が現出している。EUが中国に対して自由主義世界とコンパチビリティのあるオープンな社会体制に「改革」するように迫っている。チベット問題は一つの政治的口実で、中国のレジームチェンジこそが主眼であるようにすら見える。今回のEUの行動は、単に中国だけを標的にしているのではなく、ロシアを牽制する思惑が背後にあるのではないかと私には思われてならない。中国への揺さぶりは、ロシアのレジームチェンジが視野に入っているのではないか。

EUはコソボ問題でロシアと対立して勢力を鬩ぎ合う状況にある。低迷していたロシアが経済力を回復させ、これまで東へ東へと後退(EUから見れば前進)していたロシアの勢力境界線に、再び西へ押し返す圧力が充実してきた。「自由化」させてロシアから引き剥がしたはずのセルビアが再びロシアと連携する動きを見せ、遠くウクライナまで東に伸ばしたはずのEUの勢力圏が危うくなっている。それと関連して、先日、NHKのBSの「世界のドキュメンタリー」で、セルビアとウクライナとグルジアの3国で親露政権を倒して親米政権を樹立した「革命」の運動を取材した
報道があったが、3国の「革命」は、ワシントンに本部を置く財団が資金援助し、要員を教育訓練して、メディア工作による宣伝扇動で惹き起こした国際謀略である事実が紹介されていた。ウクライナの「オレンジ革命」とグルジアの「バラ革命」。彼らは緊密に連携して情報交換し、次の標的を白ロシアの政権転覆に設定して、国内の反体制派を指導していた。

そうした動きと今度の北京五輪の騒動は無関係ではないように推測される。さて、北京五輪の問題について、あれは国威発揚の五輪だから政治的で駄目だという非難がネット右翼から出されている。しかし、1988年のソウル五輪も1964年の東京五輪も国威発揚の五輪であった事実は疑えない。途上国が経済発展を成功させ、先進国の仲間入りを果たそうとするとき五輪を招致する。モニュメンタルなナショナルイベントとして五輪を置き、一つの大きな国家目標をめざして国民を統合し、その国家プロジェクトのアチーブとサクセスで国民に自信を与え、国家のステージアップを実現する。そして政権と路線の安定を得る。その意味で、五輪を招致開催する国家の論理と動機は、途上国も先進国も基本的に等しいと言える。北京五輪はアジアでは三番目の五輪開催となる。次にアジアで四番目の国が五輪を開催するとき、それは先進国ではなく途上国であり新興国だろうが、その五輪開催に国威発揚の意義と目的がないはずがない。

次にアジアで五輪を開催する国はどこだろうか。マレーシアかベトナムかタイかインドか。どの国も人権の問題は欧州の基準を満たすとは思えない。次に、最近の議論だが、聖火リレーそのものまで右翼論者によって否定される事態になっていて、あれはナチスがベルリン五輪で最初に始めたものだから、全体主義的な発想で怪しからんという非難がマスコミとネットで横行している。ナチスが始めたものでも有用な社会的資産になって現在も平和的に利用されているものは多くある。例えばアウトバーンがそうだ。あれはナチスによる土木事業で全体主義的だから破壊してしまえという議論はない。ロケット技術もそうだろう。もともとは英国を攻撃する遠距離ミサイルとして開発され、現在でもそれは武器として開発され続けているが、同時に人工衛星を打ち上げ、惑星探査衛星となり、宇宙ステーションとなって平和利用されている現実がある。ナチスが始めたものだから聖火リレーは悪だという決めつけは、狭猥な偏見であり、意図的で悪質な貶めの議論である。

次に中国の新自由主義の問題について。鄧小平の改革開放政策はもともとは日本がモデルだった。戦後日本の経済復興と高度成長をモデルにしたものである。李光燿的な開発独裁で戦後日本の復興と成長を中国に再現する。日本から投資と技術を呼び込む。それが鄧小平路線の経済政策だった。最初から新自由主義的なモデルではなかった。わわわれはその歴史的事実を確認する必要がある。途中から新自由主義的な性格を濃くして行った。なぜ中国は戦後日本のマイルドな資本主義のモデルから酷薄な新自由主義へと舵を切って行ったのか。それは状況の中で日本経済をモデルとして追求することに疑問と懸念が生じたからである。すなわち1980年代末からのバブル経済と1990年代前半のバブル崩壊、そして1990年代の不良債権時代の長期の不況と低迷。これらを見て、日本型経済モデルの限界を感じ、同じモデルを追求すれば構造不況と金融破綻に行き着くという不安が生じ、別のモデルに路線を変えたからである。1990年代の資本主義の正統は新自由主義だった。

日本も1990年代後半から新自由主義に舵を切った。日中ともに新自由主義を基本政策として定置させた。韓国も同じように金融危機と通貨危機の地獄の中で新自由主義を国家の政策として選択した。日中韓ともに新自由主義の国になった。中国で新自由主義の弊害が日本と較べて激越なのは、日本が曲がりなりにも福祉国家の前期的資産を築き上げていて、社会保障や労働法制や金融制度や資本規制で新自由主義の邪魔をする制度が多く残っていたからである。中国にはそれらの福祉国家的資産が全く整備されていなかった。それは(当初は)今後の課題だった。だから、中国は日本と較べて過激な新自由主義社会となり、救いのない格差社会となった。人口13億の中国で日本型の社会保障制度を実現するためには、国家の内側に膨大な資本蓄積を必要とする。財源となる国民所得の前提が必要となる。が、鄧小平は「黒ネコ白ネコ」を言いながら、同時に沿岸部と内陸部の格差是正も指示していた。現在の中国共産党は、嘗ての日本型福祉国家のモデルは完全に捨てながら、国内の地域間格差の是正には尽力している。

現在の中国の中枢で実権を持って政策をドライブしているのは米国帰りのテクノクラートであり、米学を卒業し、すなわち社会主義とは文化大革命のことだとしか頭に浮かばない新自由主義のエリートである。新自由主義への反省なり逡巡は内面にない。彼らの前は日本語世代のエリートが国家を操縦する主軸だった。国務委員で外相の上に立って中国の外交を仕切っていた唐家旋の日本語の語学力を見よ。従来は、1980年代から1990年代前半の中国では、日本語ができない人間は国家のエリートには抜擢されなかった。中華人民共和国はこれまで三度モデルを変えてきた。建国から1960年代前半まではソビエト、1980年代から1990年代前半までは日本、そして1990年代後半からは米国。われわれ日本人は、中国が戦後日本をモデルにして改革開放政策を進めた歴史を誇りに思うべきであり、あらためて「日中両国は一衣帯水」と謳った大平正芳起草の
日中共同声明の原点に還るべきなのだ。三度モデルを変えた彼らに四度目の転機が来ないわけではない。それは、モデルである米国が変われば、現代中国の新自由主義路線も変化を迫られるということだ。
米国が変われば日本が変わる。それを見て韓国も変わる。中国も変わる。われわれ日本人が福祉国家のモデルを実現して国民経済の繁栄と国民生活の幸福を取り戻すことができれば、韓国もその日本のモデルを追う。中国もそれをモデルとして採用する。だから、われわれ日本人の福祉国家の理想と政治的追求というのは、われわれ国民の悲願であると同時に、21世紀の東アジアをリードする歴史的なチャレンジなのである。

【今日の一曲】
1992年の名曲で谷村新司と加山雄三による『サライ』を。
日本テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』のテーマ曲として作られた。
番組の最後に出演者全員でこの曲を大合唱。日本版『We Are The World』。
歌詞が長渕剛の1988年の『とんぼ』の世界に少し似ている。
田舎から東京に出てきた者はみな同じだよね。
この街で夢追うならもう少し強くならなけりゃ時の流れに負ける。

ふるさとは遠きにありて思うもので、遠ければ遠いほどサライの空は美しい。
サライの国の今年の桜は一週間前に散った。
いつか帰る。そのときまで夢は捨てない。