中国首脳の日本訪問は盛り上がる。力が入る。誰もが固唾をのんで見守る特別な雰囲気が出来上がる。外国の首脳の訪日は実は毎日のように行われている。私はそれを外電のニュース記事で見ていて、福田首相と官邸で撮った写真が毎日ロイターやAPで報じられているが、日本のマスコミが報道で取り上げる国というのはきわめて限られている。米国、韓国、ロシア、そして英、仏、独。ブラジルの大統領やシンガポールの首相が来ても報じないし、欧州でもスペインやイタリアの首相の来日は無視している。訪日前からこれほど大きく報道で盛り上がるのは中韓米の三国で、その中でも中国の国家主席の訪日は図抜けている。特別に関心が高い。緊張と注目で熱を帯びる。日本国内の大気の温度が1℃上昇する感じがする。日本国内だけでなく、中国はもとより韓国や台湾の人々が熱い視線で注目するのだ。中国国家主席の訪日は1998年の江沢民以来10年ぶりのことになる。
江沢民が日本に着いたのは夜だった。黒いコート姿だった。空港の報道陣に「こんばんわー」と日本語で言い、その映像が「ニュースステーション」で放送されたのを覚えている。江沢民が歴史認識問題で怒ったのは何が契機だったのか具体的に思い出せない。訪日した後で何かがあった。共同声明文の中の(歴史に関わる)文言だっただろうか。あの頃から民間でも政権の中でも日本は右傾化が酷くなり、72年の日中共同声明を(公然と隠然と)裏切る行動と態度に出ていたが、日本全体が右に寄り、つまりマスコミも右に寄ったから、江沢民が激怒した理由には触れず、江沢民が一方的に歴史問題で怒った図だけが切り取られて報道され、それが江沢民訪日の「事実認識」として固められている。朝日新聞などの報道は、「日中間がまずくなった」という言い方しかしないが、中国から見れば「日本が反動化した」のであり、日中戦争に対する反省の認識が消え、対中姿勢が友好から敵性のものに変わったのである。日本が先に変わった。
中国の指導者の来日は重い。それが現代史として残る。中国政治の大きなマイルストーンになる。鄧小平が日本に来たのも一度だけだった。一度だけの来日、しかし滞在期間は長く、逸話を多く残す旅をしている。日本の首相のように外務省のお人形さんになって行って帰るだけの外遊ではない。困難な局面での重責の使命を帯びた呉儀と温家宝の来日もそうだった。温家宝について、私は訪日前は人物の器量をさほど評価していなかったが、昨年の訪日の大仕事を完遂したときの温家宝の姿は実に大型の政治家だった。見直した。精神力が強い。本物だ。中国の指導部に無能はいない。ここが日本の政権と決定的に違うところである。江沢民が訪日した10年前、1998年、10年後に中国のGDPが日本と並んでいると予想していた人間はいるだろうか。実際のスピードは予測よりはるかに速かった。あの頃、私自身も中国が日本と経済で並ぶのは30年後(2028年)くらいだろうと漠然と思っていた。今、中国経済がGDPで日本経済を追い抜くのは5年後だと言われている。
もっと早くなるのではないか。米国をキャッチアップする時期も、現在の予測より早く到来するかも知れない。日本に追い着くのがこれほど早くなったのは、中国経済の高度成長が失速しなかったことと、日本経済が低迷して逆に縮小して行ったからの二つの要因がある。ドル暴落と米国経済のシュリンクが長期のトレンドとして固まれば、キャッチアップの時期は予想より確実に早くなる。無論、逆に中国経済のバブルが崩壊して混乱低迷する可能性も十分にあるが、想定される将来の経済要因として幾つかあり、一つはタリム盆地の大型油田が開発されること、そしてもう一つは自動車の製造開発技術で日本を追い抜くことである。この二つが現実のものになれば、10年後の日中関係は我々がいま思っている予想図とは根本的に異なるものになる。我々はそのとき日中関係がどうなっているかイマジネーションするべきだ。10年前に10年後の日中関係を予測できなかったように、私は10年後の日中関係を予想することができない。が、漠然と暗い予感があり、それは戦争のイメージである。
昨日(5/6)、胡錦濤主席の訪日に抗議する右翼とチベット支援者の抗議集会が都内で開かれ、そこに出席したチベット亡命政府議会のカルマ議長が重大な発言をしている。「
中国指導部が私たちの気持ちを酌まなければ、完全な独立を願い、権利行使することになる」。この集会はネット右翼の巣窟である2ちゃんねる掲示板で何日も前から告知宣伝され、日本中のネット右翼に動員が呼びかけられていた。チベット亡命政府の議会の議長の発言は、チベット青年会議や米国拠点のNGOの関係者の発言とは違う。当然、亡命政府の公式見解と看做されるが、この過激な発言は、深圳で行われた特使間での両者の話し合いについてチベット亡命政府のサムドン首席大臣が語ったマイルドなコメントとはニュアンスが異なる。首席大臣は5/6に放送されたNHKの7時のニュース映像で、「
率直な意見交換ができたので、対話再開の第一歩としてはよかったと思う」と述べ、対話の継続に期待を示していた。昨日の集会でのカルマ議長の発言は、チベット側が中国への要求と目標を「高度な自治」から「完全な独立」に転換するという意思表示である。
チベットが独立をめざすのが不当だと私は言っているのではない。「民族の自由と独立ほど尊いものはない」とホーチミンも言っている。チベット側の従来の主張である「要求は独立ではなくて高度な自治である」の言葉が欺瞞的なのであり、政治的なマヌーバーとして二枚舌を使っている点に不信感を持つのである。「独立ではなくて自治なのだから」という要求のレベルの低さを表向き強調することで、「その程度の要求ならなら認めてやれや」という国際社会の同情を巧妙に誘いつつ、現実には米国の諜報機関や海外工作財団法人と繋がり、独立に向けた謀略活動を用意周到にやっている。「高度な自治」の具体的条件を提示せず、中国の現行の国家体制の枠内での「自治」を目標としているとは思えない。むしろ、共産党支配体制の中国を崩壊させようとするイデオロギー上の戦略目的が前面に出ていて、その同じ目標を持つ反共反中の同志たちを糾合している。中国の政府や国民から強い不信感を抱かれるのは当然であり、言うならば最初から「独立」の本音が見抜かれている。「高度な自治」は言葉だけの建前であり政治上の方便である。
チベット側が本当に独立でなく自治を求めるなら、中国側の不信感を取り除くべく行動するべきで、そのためには米国の情報工作機関や謀略資金財団とは手を切るべきではないのか。中国の国内にダライ・ラマ14世とチベットを支持する世論を醸成させるべきだろう。ネットで世界の情報を知り得る現在、中国国内の反チベット感情の沸騰が単に中国政府によるプロパガンダのせいばかりとは言えない。西側世界と結託して北京五輪潰しの策動に動いた今度の戦略は、中国国民に対する政治としては大きく失敗したと言えるのではないか。ここまで来たら、中国国民全体を敵に回して正面からチベット独立運動を展開せざるを得ない。勝算はあるのか。チベットにとっては今度の政治は短期決戦であり、8月までに中国政府を追い詰めて、二度と後戻りできない「成果」を上げる必要がある。8月の五輪が終われば世界の目はチベットから自然に離れる。人質がなくなる。米大統領選挙で当選した民主党候補は、コロッと態度を一転して、選挙前の中国非難の発言など忘れたように中国にうやうやしく接近するだろう。秋以降も反中反共チベット支援の興奮と熱気が残るのは日本だけだ。
「高度な自治」を真に求めるなら、その要求の中身を法制度的に詰めた表現で言わなくてはいけない。中国側が合意できる具体的な権利の中身でなくてはならない。そして、全世界の中国監視は、この8月で終わりだと前提した戦略で臨まなくてはならない。いつまでもテレビのトップニュースがチベットを扱ってくれるわけではないのだ。予想するに、恐らく、8月本番に向けて、チベット側は「高度な自治」を後ろに下げ、「独立」の看板を前に出すようになるだろう。
【世に倦む日日の百曲巡礼】
沖縄民謡で夏川りみの『てぃんさぐぬ花』を。
暑くなってきた。今日の東京は夏の天気だった。今年も去年のようになるのだろうか。
てぃんさぐの花を爪先に染めて美しくするように
親の教えは心に染めなさい。
蒸し暑くなって、夜も半袖でよくなると、ゴーヤのチャンプルーが食べたくなるね。
晩酌の酒も欧州産安ワインからチェンジして琉球古酒と黒糖焼酎へ。
「琉球王朝」と「奄美の杜」を、一日おきにロックアンドウォーターでがぶがぶと。
ジョッキは大きめ半透明ブルーの琉球グラスで。
ウォーターはこちらをお奨め。スーパーで売ってますのでお試しを。
「民族の自由と独立ほど尊いものはない」のは沖縄だって同じだ。
奄美だって同じだ。
米軍基地負担を沖縄県民に推しつけている日本人がチベットの人権問題を言えるのか。